第39話 君の心は物理的に宝石で

 一ヶ月という時間は、瞬く間に流れていった。


 元々、心以外は全く健康だった私は、すぐに学校に戻った。


 出席日数はギリギリアウトだったが、事情が事情だということで、補講を受ければ、何とか留年せずに済みそうだった。


 私に告白してくる人は、ほとんどいなくなった。


 友達も――私が友達だと思っていった何人かとも疎遠になった。


 きっと、私のタマイシがオパールじゃなくなったからだろう。


 でも、そんな表層的な所しか見ないような人が離れていくのは、こっちとしても願ったりかなったりだ。むしろ、ある意味、純が虫除けになってくれているのかな、なんて嬉しく思ったりもした。


 そんなある日の日曜日――散骨の当日。


 私は、七里ヶ浜の海岸にいた。


 カレンダー上ではもう秋だけれど、湘南の残暑はまだ厳しかった。


 天気は薄曇り。


 純と出会った時のような荒れ模様でもなく、偽りの別れを告げられた時のような快晴でもなく、なんとも微妙な天気だった。


 業者の人に頼んでチャーターした小型船に、私は乗り込む。


 胸に抱いているのは、砕骨された純の亡骸が入った壺。


 これは、私の意向で水色のガラス製にしてもらった。


 金属製や陶器製よりも、こっちの方が純が喜ぶと思ったから。


 乗船者は、船頭さん以外には、私一人しかいない。


 当然、譲二さんにも声をかけたが、仕事を理由に断られた。


 多分、私への気遣いだと思う。


 譲二さんは、私と純が二人っきりでお別れできる機会を与えてくれたのだ。


 波間を掻き分けて、船は沖へと向かう。


(やっぱりこの色だ)


 水面を眺めながら、私は思う。


 純のタマイシだったという、サファイアの色を。


 その色は、きっと海に似ている。


 だけど、海といっても、これまた多種多様なのだ。


 彼の心は、沖縄の美しすぎる海みたいに、綺麗ごとで澄んだエメラルド色ではない。


 和歌山で見た大海とも違う。俗世と切り離された断崖から臨む雄大な海と、彼の器の大きさは赴きをことにしている。


 静岡の砂丘から見た海のように、波の花を生み出すような、露骨な激しさはない。彼の強さは、深層流のように秘められている。


 彼の海は単純ではない。


 純は、人を避けながら、それでも人を嫌いきれなかった。


 優しくて、人を信じられないのに信じたくて、傷つけられても捨てきれない根っこの部分の善良さが、どうしてもにじみ出てしまうタイプだった。


 だから、きっと、純の海は、今、この私の目の前にある海の色だ。


 湘南の海は、はっきり言って綺麗ではない。


 透明度が低く、浅瀬で見れば、ドブ色に見えることもある。


 遠目に見たら、やっぱり綺麗な青い海なのだけれど、ちょっと雨が降ったらすぐに濁ってしまう。


 だけど、愛嬌がある。


 人の欲望も負の感情も汚さもキレイも全部呑み込んで、時たま、とびきり美しいシーグラスを私たちの手元に届けてくれるような、そんな憎めない奴だ。


 そんなこの海の色が私は大好きで、完璧じゃないからこそ、最も素晴らしいと思う。


 キュルルルル。


 ルルル。


 ルル。


 ル。


 砂浜から離れて、でも沖合としてはまだ浅いところで、唐突に船が停止した。

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