第38話 命の価値 彼の願い

 純の葬儀は、近親者のみの密葬でしめやかに執り行われた。


 近親者といっても、親族は譲二さんだけだし、それ以外の『ごく親しい者』は私と両親だけだった。両親は『親しい』の範疇に含まれるかどうか、娘の私でも微妙だと思ったけれど、二人とも病み上がりの私を一人にしておくのは無理だと言い張ったので、譲二さんにお願いして参列させてもらった。


 お坊さんの読経も、神父の祈りもない、シンプルな式だった。


 お別れの時、譲二さんは、棺に入るだけの絵本を入れた。


 私も、『100万回生きた猫』を入れた。


 火葬場に向かう。


 一時間待った。


 面識のない譲二さんと両親が気まずくなるかな、と思ったけど、譲二さんは話がとても上手くて、暗い雰囲気にはならずに済んだ。


 骨になった純を、骨壺に収める。


 これで、終わりなんだ。


 たったこれだけで、純とはもう永遠に会えないなんて。


 あっけなさすぎて、なぜか涙が出なかった。


 やっぱり、私は冷たい女なんだろうか。


「……すみません。少々娘さんをお借りしてもよろしいでしょうか」


 葬儀が終わった後、譲二さんがそう声をかけてきた。


「ちょっと行ってくるね」


 両親から少し距離を取り、窓際のベンチタイプの休憩所に移動する。


「コホン。――ええっと、まず初めに、これからあなたには、辛いことが色々あると思います。オパールからクズ石にタマイシが変化したことで、無知蒙昧な輩から偏見の目に晒されるでしょう。でも、あなたの芯は変わりませんし、今は純のタマイシもあなたの側にいますから、心を強く持ってください」


「はい」


 力強く頷く。


 私は純から命を分け与えて貰ったのだから、これからの時間を大切に生きていくのは当然だ。


 それだけじゃない。


 純との旅の中で、様々な悩みを抱えて、それでも懸命に生きている人たちと出会った。


 あの人たちの懊悩と比べたら、私が絶望するなんて贅沢だ。


「いい顔です。ボクごときがわざわざ説教するまでもありませんでしたね。……それで、ここからが本題なんですが、一つ、ボクのお願いを聞いてくださいませんか」


「なんですか?」


「純の遺骨なんですが、もしよろしければ、あなたにどうするか決めて頂きたいんです」


 譲二さんはそう言って、骨壺の納められた木箱をこちらに差し出してきた。


「えっ、でも」


「色々考えてみたんですが、ボクにはどう弔ったら純が一番安らげる場所に逝けるのか、どうしてもわからなかったんです。なので、どうせだったら、愛していたあなたに決めてもらった方が、純も喜ぶと思いまして。あっ、埋葬に必要な費用はもちろん、こちらで用意します」


 譲二さんは木箱をベンチに置いて、ビジネスバッグから白い封筒を取り出す。


 封筒の中にいくら入っているかは分からないが、それは床に置いたら屹立するくらいの分厚さがあった。


「埋葬するのは構いません。むしろ、やりたいです。でも、そんな大金はさすがに気軽に受け取る訳には……」


「そのことなら心配しないでください。このお金は、純がボクに、手術費用としてくれたものなんですよ。でも、このお金、どうやら、ボクは自分では使えそうにないので、あなたに押し付けてしまおうという訳です。つまり、純のお金を彼の埋葬のために使うんです。その上、ボクのわがままであなたに手間を押し付ける訳ですから、ある意味では仕事の正当な依頼料ともいえます。ですから、どうか、お願いできませんか?」


 譲二さんが拝むように手を合わせて、にっこりと笑う。


「……考えてみます」


 結局、私はその封筒を受け取った。


 それが、純への誠意だと思ったから。

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