第31話 その地は最後の希望(2)
「それはおめでたいわね。えっと、そしたら、報酬として、私のお願いを聞いてもらえるってことでいいのよね?」
レイさんが小さく拍手をしてから、控えめに問うてくる。
「ええ。おっしゃってください。何でもやります。本当になんでも」
俺はレイさんの顔をじっと見つめて、そう意気込んだ。
『楽』の感情はとても、とても貴重だ。
金銭的な価値に換算するとすれば、一番安い『怒』の五十倍くらいの値段がする。
この機会だけは、絶対に逃せない。
「そう気構えないで。実はしてもらうこと自体は大したことじゃないのよ。でも、私も今まで気に入る『適合者』が見つからなくて困ってたの。でも、あなたたちなら大丈夫そうね」
そう言って、レイさんは頷く。
「えっと、『たち』ということは、レイさんの報酬には茜も必要だということですか?」
「ええ、そうよ。もったいぶってもしょうがないから先に結論から言ってしまうけど、あなたたちには、私の代わりに、この沖縄で結婚式を挙げて欲しいの」
「結婚式……」
俺は反芻するように呟く。
それは、ひどく簡単で、そして、今の俺には残酷すぎる依頼だった。
こんな限界状況で、彼女への愛に深く向き合わされるなんて。
「えっと、一応確認するけど、あなたたちの関係性は恋人同士っていうことでいいのよね?」
「はい」
俺は即答した。
「なら大丈夫ね。もし、引き受けてくれるなら、式場はこちらで指定するわ。後、ドレスも私が着るはずだったものを仕立て直して使ってもらう。その他はできるだけあなたたちの希望に沿うつもりよ。もちろん、費用は全て私が持つから心配しないでね」
「わかりました。依頼を引き受けるのは全く問題ありません。……ですが、こいつ――茜は無人病が進行しているので、もし普通のカップルのような反応を期待されているとしたら、それは難しいかもしれません」
「いいのよ。私はただ十代の『本当の恋人』同士の結婚式に、私のドレスを使ってもらいだけだから」
レイさんはそう言ってどこか寂しげに微笑んだ。
彼女の人生に何があったかは知らない。
それはレイさんの物語で、俺たちが踏み込むべき領域でもない。
「ありがとうございます……。しかし、今から急に結婚式場を押さえられますか?」
「私が経営しているブライダル会社の式場だから可能なのよ。それでも、準備や調整のために二日ほど時間をもらうことになるわ。あなたたちには貴重な二日でしょうけど、大丈夫かしら?」
レイさんが心配そうに茜を見つめた。
「大丈夫とは言い切れないですが、やらせてください」
俺ははっきりと言って、頭を下げる。
「はあー。よかったわ。これでどうにかドレスを供養してあげられそう。『十代で結婚をしようとしているカップル』っていう条件なんだけど、これが中々難しくてね。ほら、見ず知らずの人にはこんなこと頼めないじゃない。そもそも今は晩婚化が進んでいるし、今は昔と違って、付き合うことと結婚がイコールじゃないし時代だし。他の魂狩り屋さんにも何人か会ったのよ? 中には偽の恋人を連れてきて、私を騙そうとする人もいるんだけれど、商売柄そういう嘘の愛は、わかってしまう方だから。だって、もう数え切れないほどいくつものカップルの結婚を見届けてきたんだもの」
肩の荷が下りて緊張が解けたのか、レイさんは饒舌に語り始めた。
彼女の瑪瑙の白の部分が拡張し、黒をほぼ塗り潰す。
結婚のプロの目から見ても、俺と茜の恋は『本物』なのだろうか。
他人に評価してもらうことではないけれど、それでも少しお墨付きを得たみたいで嬉しい。
「ああ、いけない。つい喋り過ぎちゃったわね。あなたたちの方から何か要望はある?」
「……」
茜は無言で微笑んでいる。
「では、一つだけ。ドレス以外の物は、俺が自分で調達しても構わないんですよね?」
俺は控え目にそう申し出た。
レイさんの代理結婚式を私物化するのは申し訳ないけれど、どうせなら使いたい物がある。
「ええ、もちろん。でも、何にしろ、その人に合わせたフルオーダーメイドを仕上げるには、それなりの日数が必要よ?」
「大丈夫です。そんなに立派なやつではないので」
俺は苦笑する。
さらにレイさんと衣装合わせや当日の段取りなど、諸々の予定の相談を終えてから、一旦、別れる。
彼女の家を出てから、俺は早速、譲二にスマホで電話をした。
要件は、俺の福岡の部屋にあるブツといくつかの道具を、速達で宿泊しているホテルに送ってもらうこと。
届くのは、おそらく明日の夕方。
つまり、猶予は一日。
それだけあれば、きっと用意できるはずだ。
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