第19話 砂丘と狂言(2)
「じゃあ、僕の望みを聞いてもらってもいいかな?」
自身のタマイシからコネクトを外しつつ、附子が呟く。
「ああ。もちろん」
俺は、潮風で傷まないようにコネクトをタオルで拭いてからバックパックにしまう。
「大したことじゃないんだけどね。僕にある一つのことを提示してくれるだけでいい」
附子が砂浜に仰向けに寝転がって呟いた。
「抽象的すぎてわからん」
「うーん、どう言おうかな。まず、大前提としてね、僕は怒ってるんだよ」
「何に?」
「世界そのものに」
附子が迷うことなく即答した。
今時セカイ系は時代遅れだろう。
「ますます厨二っぽいぞ」
「でも、事実だからしょうがないよ。そもそも、この世に産まれるってことは、プラスとマイナスの収支が全く釣り合ってなさすぎるんだ。全ての人間は同意なくこの世に生み落とされる。その時点で不合理だ。日本は世界の中でもかなりマシな方の先進国だよね? でも、よっぽどの金持ちでもなければ、多くの人間の人生は負債だよ。学生時代は朝八時に登校して、授業が終わる時間は午後三時。帰宅部なんかもあるけれど、大抵は部活を強制されるから夕方五時くらいまでは拘束されて、帰宅は六時くらい。仮にまともな家庭に産まれたとしても、宿題やって、食事をしてお風呂に入ったとするなら、自由にできる時間は二時間くらいだよね。二十四時間中でだよ? これっておかしくない?」
「そんなこと言って、お前、多分学校サボってるよな?」
附子の仕事量からいって、まともに学校に通えているとは思えない。
「一般論の話さ。僕は資産があるから、金の力で親も理不尽な社会もねじふせられるけれど、多くの人間はそうじゃないだろう?」
「でも、学校生活が必ずしも負債とは限らないんじゃないか? ほら、友達とか、恋人とか、色々楽しいこともあるだろ」
自分で言ってて空々しかった。
まあ、俺の学生生活を考えると、茜以外の存在は、ほぼ意味がない。
何となく高卒の資格があった方が便利そうだから通っていただけだ。
タルいかタルくないかでいえば、間違いなくタルい。
「でも、授業が楽しいって思う人間より、『早く終わらないかな』って思ってる学生の方が多いよね? 部活でも活躍できる人間より、日陰者に甘んじてる者の方がすっと多いはずだ。後は、恋愛か。これも、理論的に自分の好きな子と付き合える確率はかなり低いよね。大抵、モテる人間って決まってるから」
「まあな」
茜がまさにそうだ。
「で、大人になって働き始めたらだよ。ほとんどの人間が子どもの頃に抱いていた夢は叶わない。それで、妥協して就職して、それがかなり良い企業でも、せいぜい完全週休二日制だよね。労働時間は大抵学生時代の勉強時間より悲惨だ。年間休日をみれば、少なくとも、一年の三分の二は労働に費やされてる計算になる。その後は、最低40年間、労働の苦役を強いられる。世界有数の先進国でこれだよ。日本未満の環境なら、他の多くの国は、それよりもひどい生活を強いられていることになる。違う?」
「それは、あれだろ? 家庭とか子どもが生きがいってやつ」
「全世帯の離婚率はおよそ三分の一。残りの三分の二が全員幸せだとは到底思えない。まあ、仮に離婚してない仮定の三分の二くらいの家庭が幸せだとしても、結婚したいのにできない独身者や自殺した人間を換算に入れれば、人類全体では確実にマイナスだと思うんだ。そもそも、自分ではない第三者に希望を託すのって卑怯だと思うんだよね。自分が成し遂げられなくて、もし家庭がなかったら不幸だと思うような生活を、子どもに押し付けるのって最悪だと思う。ましてや日本の場合、財政的に将来がヤバめだってわかってるのに子供を作るのって、もはや悪じゃない?」
附子が顔をしかめる。
この年でこんなにペシミスティックになるなんて、相応の事情があるのだろうが、俺にはこいつの人生に踏み込む権利はない。
だから、同情もしない。
「大抵の人間はそんなめんどいこと考えてないと思うぞ。好きだからノリでパコって、子どもできちゃったら惰性で育てんだろ」
「だろうね。牛とか豚みたいな畜生ならそれでいいよ。だけど、皮肉なことに、人類の文明が進んで、一人の人権を尊重すればする社会になるほど、世界はクソだってことになるんだよ。もし一人の人間の価値が地球よりも重いなら、一人も不幸せな人間は産んじゃいけないことになる。仮に、一人の人間の価値を平等にして、定量的に計測しても、全体としてはマイナスならアウトでしょ?」
「まあ、確かにな。じゃあ、あれじゃない? ほら、自然のすばらしさとかさ。この夕焼けが綺麗だとか、海の大きさとか、アスファルトに割く花の美しさとか」
俺は欠伸をした。
「適当言ってるね。自然は人間の意思とは無関係にある物だから。むしろ、人間はその自然の奇跡をぶち壊す側だし」
「かもな」
「反応薄めだね。こういう裏の仕事している人は、多かれ少なかれ、厭世的な価値観の人が多いと思うんだけどな。特に『能面』はタマナシじゃん。世界はタマイシで合理化したって気取ってる癖に、タマイシの種類で差別が横行する矛盾とか、いやになるでしょ」
附子が勝手にそう決めつけてきた。
先進国のタマイシ化率は94%。
では、逆に残りの6%が何でタマイシ化する手術を行わないかといえば、しない方がかえって得だからだ。
ほとんど人間のタマイシは宝石であるが、たまに宝石でない、クズ石のタマイシを持つ者がいる。建前上はタマイシに優劣はないということになっているが、実際は世間的なイメージで優劣があるのが現実だ。その中でも最低のイメージを持たれているのが、クズ石のタマイシで、それを持つ者は世界共通で、犯罪者的素質を持ち、性格が悪い者と決めつけられる。
なので、事前検査でタマイシがクズ石だと判明した場合、多くの人間はタマイシ化を拒否する。『特殊な病気で手術ができない』とか、適当な理由をつけて、敢えてタマイシ化しないのだ。
シュレディンガーの猫――とは違うが、タマイシ化しなければ、可能性は無限大だという訳である。まあ、そんなことをしても結局、タマナシ=クズ石のタマイシを持つことを隠している者、という図式ができあがり、偏見の対象がシフトするだけのことなのであるが。
「まあ、俺も世界はクソだと思ってた。ついこの間までな」
「つまり、今は違うってこと?」
「ああ――まあ、こいつに教わったんだよ」
俺は頷いて、腕の中で居眠りを始めている茜の頭を撫でた。
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