第18話 砂丘と狂言(1)
待ち合わせは、中田島砂丘という場所だった。
砂丘といえば鳥取砂丘くらいしか知らない俺だったが、なんでも、中田島砂丘は日本三大砂丘の一つに数えられているらしい。
(今回は自宅を知られたくないタイプのドナー候補か)
珍しくはなかった。
サクラさんのように、継続的にタマイシの闇取引と何かしらの関わりがある人物は別だが、一回こっきりの取引を望むドナー候補は、俺たちに自宅を知られても良いと思う人間の方が少ない。――もっとも、譲二の情報によれば、今回のドナー候補は関係者の部類なのだが。
まあ、元々表に出せる仕事ではないから、多少の警戒心があれば、隠せる情報は隠すのはむしろ当たり前だといえるのかもしれない。
とはいえ、大抵は駅から近場の飲食店とかを指定してくるのだが、砂丘が面会場所というのは、俺でも初めてだった。
二人で路線バスに揺られること、30分弱。
途中、天気雨が降り始めてひやひやしたが、目的のバス停に着く頃には止んだ。
しばらく歩いて辿り着いた砂丘は、夕日が沈み行く一番美しい時間帯を迎えている。
「わあー、思った以上に、めちゃくちゃ砂だね!」
「そうだな」
俺は頷く。
茜の言う通り、想像以上に立派な砂浜だった。
それだというのに、観光客はほとんど見られず物静かで、周りも正直さびれ気味だ。
個人的にはこういう場所はすごく好みで、穴場と言っても良いスポットに思える。
「夕陽も綺麗! 風も強くて気持ちいいー!」
茜が思ったことを全部口に出しながら駆けていく。
スニーカーと靴下を脱ぎ捨て、砂浜に素足を晒す少女というモチーフは、あまりにも絵になりすぎていた。
(病状は悪化しているんだよな。これでも)
感情を削ぎ落していくと、より原始的なものだけが残っていく。
それはさながら、茜が心の成長の過程を逆行し、若返っていくようにも見えた。
もはや今の茜は、高校生にふさわしい精神年齢とはいえない状態にあるのかもしれない。
彼女は元々天真爛漫な方であったが、さらにその傾向に拍車がかかっているのだ。
俺はそんなことを考えながら、茜の放り出した残骸を回収しつつ、後に続く。
自然によって作られた、哲学的ともいえなくもないような風紋が、そこかしこに出来ていた。
やがて見えてくる海。
波しぶきは荒々しく打ち寄せ、湘南でも見たことがないカプチーノのような泡――波の花が砂浜の一部を占拠していた。波の花は本来なら冬にしか見られないはずなのに、真夏のこの時期に見られるのは珍しい。
湘南でも、この中田島砂丘のような場所はちょっと思い当たらない。
由比ヶ浜はどちらかといえば優しい海で、七里ヶ浜は雄々しい海だったが、その二つのいいとこどりをしたみたいな、パワーと迫力を感じる場所だった。
「泡だー、ほら、純! 泡、泡、泡!」
茜が手ですくった波の花を俺の頭に被せようとしてくる。
「やめろって! せめて、ドナーと会って、検査を済ませてからだ」
「えー! いいじゃん。泡、泡、泡、泡」
「いいだろう。ならば、強制鎮圧だ」
茜をタックルで砂浜に押し倒し、脇をくすぐる。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ。だ、ダメダメダメ! それ反則!」
茜が手足をジタバタさせて抗議する。
「楽しそうでいいね。『青春とは不断の酔い心地である。つまり理性の熱病である』」
音もなく俺たちに近づいてそう皮肉をかましてきたのは、美少年――と断言するには心もとない中性的な顔したガキだった。年齢は、おそらく、小学校の高学年くらいだ。
風を上手く受け流しながら黒い日傘――さっきまで雨が降っていたから晴雨兼用か――をさして、ユニセックスのチノパンと七分丈のカットソーを着ている。
そのタマイシは、乾いた血の色をした
「悪いが、何の引用かわからねえ。アホなお兄さんでごめんな」
俺は上体を起こして、軽く頭を下げた。
茜が俺の背中に抱き着いてくる。
「うん。大丈夫。通じると思ってないから。――初めまして、『能面』さん」
少年はそう言って日傘を閉じると、慇懃無礼な口調でお辞儀をした。
「えっと、じゃあ、お前が『
それは、闇取引用のアングラサーバーの管理者の名前だった。
「そう。君の魂狩りの記録を見て、おもしろそうだから依頼してみた。中々来てくれなかったけどね」
附子は何を考えているかわからない無表情で頷く。
「……」
周りに他に人もいないし、譲二の情報が間違っていることはまずありえないから、こいつは本物なのだろうが、それにしても、まあ、なんというか……。
「もしかして、僕を厨二病のガキだと思ってる?」
「ああ。正直」
俺は素直に頷いた。
それ以外の言葉でどう形容すればいいかわからない。
「変人のレッテルを張られると、多少変なことをしてても許されるから楽なんだよ。人って惰性で慣れる生き物だから。タマナシの君ならわかるでしょ?」
「まあ、わからなくもない。――なにはともあれ、まずは検査だ」
「だね」
俺と附子は頷き合う。
バックパックを砂浜に降ろした俺は、コネクトを取り出す。
そして、茜と身体の位置を入れ替えて、彼女を抱きしめる格好で、コネクトの片方を取り付けた。
俺に抱きしめられて嬉しかったのか、茜は素直に俺の腕に頭を預けている。
「そっち、自分で調整できるか?」
「ああ。うん。こう、だよね」
附子が自分で、俺から見て反対側の端子を締めた。
「オッケー。じゃ、いくぞ」
俺はチャッターで、コネクトの中心を叩く。
たちまち、ピアノのクラシックぽい音楽が流れ出した。
「ショパンのワルツ第3番 イ短調 作品34―2に似ているね。それより、ちょっと激しいかな」
「知らねえが、適合してることは確かだ」
口元が思わず緩む。
ようやく、二つ目だ。
こいつは『怒』のドナー。
タマイシの色で一目瞭然だ。
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