第42話
七十三
「ターゲットと見られる者を発見しました」
「どういうことでしょうか」
「ハットをかぶっていて、マスク着用なので、確認できません」
「身長は」
「日本人に紛れていますので、170くらいです」
「後方から確認できました。天然の金髪は、北欧の民族のものと見られます」
「長髪ということですね」
「通行人に扮してすれ違いに確認したところ、青い瞳です」
「ロシア系ですね」
「?、駄目です、近付かないで下さい」
「如何したの、高橋さん」
「斉藤まるさんは身を隠して下さい」
「如何かしたんですか、高橋さん」
「ジュガシビリかも知れません。何処に居るのですか」
「駐車場の車の中ですよ」
「捕虜は」
「小野さんが連れて行きました」
高橋はそれを聴いて、肩を撫で降ろした。
「高橋さんとれるっ」
「とれます。どうかしましたか、小野さん」
「今赤瞳さんが捕虜と話してるんだっ」
小嶋は、小野が盗み見しているメモを取りあげた。
「私が説明するね」
小嶋は言うとメモを読み始めた。
北の民族は、欧州の国々の科学者崩れが主体である。国を追われた者、国を捨てた者の寄せ集めになった。
組織化するほど膨れあがったことで裏社会と連携するしかなくなった。生きる為には何でもするしかない。
アジア方面の本部は中国にあり、実質的活動拠点は日本であった。二重・三重にスパイ活動のできる日本に居ることが安全を保障する。暴力団対策法で虫喰い状態の歓楽街に、マフィアと
手配された者は、海に出ることで、それを逃れる。島国の盲点は、自国の排他的経済水域でさえ占領されていた。
ん・う~んっ。意味が判らないから、これは後で本人から聴いて。
「なんて書いてあるのですか」
「ミサイルが矢印で放射されているよ」
「核? 矢印で繋がっているのは、核ではないですか」
「北朝鮮と米国を結ぶ波線上に、核って書いてあるけど」
うさぎが翻訳を休憩した。小嶋の
「聴こえますか」と
日本へ核ミサイルを打ち込むのは、中国です。北朝鮮は日本には目をくれず米国に向けて打ち上げるだけだそうです。その隙に、ブラジルとキューバが、米国に核ミサイルを打ち込むそうです。
「ブラジルとキューバは、核保有国ではありません」
「ウクライナ進行の隠されたミッションは、核を盗み送ることで、ブラジミールを始め地下組織の科学者たちが既に派遣されているそうです」
「そんな報道はされていません」
岡村が口を挟んだ。
「進行前から情報操作が始まっています」
「報道が躍らされた? のですね」
高橋の言葉に、聴く者たちが固唾を呑んだ。
旧約聖書と新約聖書の違いは、信じる心と許す心が加わったことです。
イエス様がどうのではありません。ユダヤ人に流れる曰くの元は、裏切り者の血筋です。フランスがナチスに屈したのは、その曰くのせいです。
私が留学した時に感じたことは、情の豊かな欧州人に隠れた曰くでした。モーゼの十戒から新約聖書までに同一なことは、欲の管理はできるもの。という信じる者の心根です。希望を消さない為の『情』を志にしたものが武士でした。
「武士は食わねど高楊枝、ですか」
「それを履き違えたのが現在なんです」
うさぎが固唾を流し込んでから続けた。
今回のミッションの全容は、自爆テロと聴かされました。逃げる算段をしないミッションです。
「それは既に聴いています。その為に手を打ってあります」
「流石、高橋さん。それはなんですか」
「新橋駅前広場に流れるニュースですよねっ」
「小野さん」
「先手必勝にしたから、既に流れているはずだよっ」
「そういうことですから、ターゲットを確保して、此方に向かって下さい」
「ジュガシビリも、そこにはもう居ないはずだよ」
「伊集院さん」
「まる。ない頭で考えてる暇はないよ」
「了解しました、純子さん」
斉藤まるは言うと、車から飛び出していった。
高橋も。
岡村も。
須黒も。
その覇気が伝播して、ターゲットが確保された。
七十四
コンビニから出て来たうさぎは両手に袋を携えていた。捕虜は諭されて、日本を第二の故郷にする、と誓ってくれた。
「ここからが正念場」
斉藤まるの呟きが、うさぎを買い物に向かわせていた。
『腹が減っては、戦はできぬ』
真由美のお茶目な一面を、三人が思い起こしていた。
新しく仲間になった面々も、そこに居た。
片言の日本語に、身振り手振りが乗せられて、情が重なり合っていた。
『わびさび』と
織り成す彩りは、種類が豊富なだけで、豪勢で
嵐の前の静けさでもなく、優しい笑顔に包まれていた。
高橋が不意に近付いて、
「先ほどの核の件ですが」と囁いた。
「中国が日本に打ち込む理由は、私も知りたいです」
石が、高橋の反対側に来た。
気付いたうさぎが、説明を始めた。
中国の目指す世界一は、皇帝に君臨する妄想です。ロシアが持つエネルギー源と食糧を他国に流す『漁夫の利』でしかありません。
少しだけ先を視られる日本は、それを非難します。
尖閣諸島問題で騒ぎ立てる日本は、蠅のように扱われて
「それで、核が打ち込まれるのかっ」
「規模はどれ位だろう」
「北の民族の想定は、首都陥落のようです」
「それだけで済みますか」
「済まないでしょうねっ」
「目障りな蠅なんですよね」
「はえ取り紙は、もう時代遅れだからなぁ」
「今回の事件で、国民に周知させるしかないね」
「さほど変わりはないですよ」
「どういうことですか」
「それが、矯正力なんでしょうね」
高橋の言う矯正力を、うさぎが語り始めた。
今説明したことで、報道は抑制できます。それで回避しても終了にはなりません。
心に住み着く魑魅魍魎たちが違う手段を講じて、絶滅に追い込むでしょうね。結果として残るものは同じ、となります。それが、矯正力なんですよ。
「ならどうするの」
「終わりを先延ばしにする、とか」
「対処する時間を稼ぐ、とか」
「正にそれが、米国がとっている現在です」
「だから総理は、雲に
「民主主義法治国家にも、社会主義・共産主義は根付いていますからね」
「それが自由、と履き違えてる者もいますよね」
「混沌に陥る理由は、選択肢が多過ぎるからです」
「宇宙が混沌に陥ったのは『ものの多さ』からなんですね」
「原点回帰を目論んで、見つけたものが、磁素なんです」
「だから拘ったのですか」
「核を無力化できる唯一の元素なんです」
「無力化できるんですか」
「マトリックスという映画で公表されましたが、人が完成させるまでに、五百年以上、掛かります」
「科学式が解っても、大事な元素が見えないんだもんね」
「だから米国は、赤瞳さんに亡命を進めるのですね」
「総理が不機嫌になっちゃうから、室長にも甘いのかぁ。そう言えば」
「如何したんですか、純子さん」
「次官さんと木村が繋がっている。と教えてくれました」
「なんでそれを言わなかったのよ、谺」
「風の噂。と言われたからよ、結衣さん」
「純子さ~ん」
「取り敢えず、けりを付けよう」
伊集院の言葉で、全員が
七十五
「ジュガシビリを発見しました」
研究生のひとりが、報告してきた。
生唾を呑み込んで、各人が移動している。
「ジュガシビリは? どこ」
「オッズパークの三階です」
「勝負師を、気取っているのかしら」
「出入り自由で、一望できるベストポジションだからですね」
「斉藤まるさんは、赤瞳さんに張り付いて下さい」
「違います。自爆テロに巻き込みたいのは、政府関係者。中里さんに張り付いて下さい」
「なら僕が張り付きます」
「谺は伊集院さんに張り付いて下さい」
「ならあたしたち一期のメンバーが張り付くよ」
「一期のメンバーは秘書さんを守って下さい。私は型に嵌まることが嫌いです」
「はるちゃんとカワ結衣ちゃんで、距離をとりながら護ってみない」
「了解~だよ」
「しまった」
うさぎは吐き捨てて、人混みを掻き分けた。
総理が駅舎の中に顔を出している。
「ジュガシビリが動き出しました」
その報告で、中里と伊集院も広場内に入る。
ジュガシビリが開きっ放しの扉を出た。
総理は選挙対策委員と打ち合わせをしながら、SL前に向かっている。
うさぎは間に入ろうと人を散らしながら進んだ。
ジュガシビリが左手をポケットに入れた。
うさぎはそれを確認すると、
「総理、逃げて下さ~い」と叫んだ。
総理がその叫びで、振り向いた。
うさぎがジュガシビリに向かってダイブした。
総理がそれで
うさぎがジュガシビリの右腕を捉えた。
ジュガシビリはそれで躰が
うさぎが勢いを利用して、ジュガシビリを引き倒す。
ジュガシビリは
斉藤まるが辿り着き、ジュガシビリを羽交い締めに取り抑えた。
小嶋が近付き、ハンカチを取りあげる。
高橋がそれをコンビニ袋に詰め込んだ。
伊集院は到着するなりジュガシビリの首根っこを締め上げて、
「真由美さんの分」と言い捨てて、殴った。
直ぐさま拳を振り上げ直した。
「これは、川井さんの分」
二発目が振り下ろされた。
それを聴いた結衣が
入れ替わった卑弥呼は耳から取り出した草薙の剱を正規の大きさに戻す。
両手に握り地面に突き刺した。
広場内に結界が誕生した。
ジュガシビリが藻搔き、斉藤まるから逃れた。
「メンシェヴィキに栄光あれ」
叫ぶと、奥歯を噛み締めた。
岡村と須黒がジェラルミンケースを携えて近付いて来る。
既に事切れたジュガシビリは仰向けにされ、須黒と岡村によって蘇生が始められた。
「赤瞳さん・起きて下さい」
高橋が揺すりながら叫んだ。
「御免なさい。ごめんなさい。益子先生のせいなんです。御免なさい」
弱々しくなる高橋に、
「暗殺依頼は破棄したでしょっ」と、小野が投げ掛けた。
『誰も悪くありません』
卑弥呼が口を開いた。
各々が神通力を施された。
『やっと解放された』
『バカを言ってないで、赤瞳を甦らせるわよ』
次妹が、六弟を嗜めた。
『谺の時と同じで良いのか』
『それしか知らないでしょ』
三妹が、四弟を
『時間が勿体ない』
五弟の意見で、八つ神がうさぎを取り囲んだ。八方円は、東西南北とその中間点になる。
『いきますよ』
理性が用意を促し、
『一、二、の三』
疾風が口火を切る。
八つ神の思念が、一斉に送り込まれた。
暫くすると、うさぎの耳から雫が流れ落ちた。
『止め止め』
『如何した、次妹』
『女神様が、赤瞳に』
「ばりっ」
八つ神が上空を見上げた。
宵闇に陰り始めた
線を境に左右がずれを生じさせ、穴が開いた。その穴から光が放射され、創世主(感性)が降臨して来た。
[ 磁素を液化したようですね ]
『申し訳ありません。不注意でした』
[ 構いません]
『赤瞳を扶けたい余り、見境を無くしました』
[ 停まってしまったもの(血)に行き届かせるものは、電磁波しかありません。電素と磁素を結びつけるものは、主素しかないです。太陽光のない宵口なら、液体の方が括り易いですよね]
『有難う御座います。試します』
[ 私が主素を送り込みますから、磁素を離して下さいな]
『高橋さん、お願いします』
卑弥呼に言われた高橋が、うさぎの耳から玉手箱を取り出して、両の手で抱いた。
[ よくできました]
『花子だったのですね』
『疾風様にお譲りして、役目を無くしたところを、感性様がお導き下さいました』
花子は説明すると、それを岡村に手渡した。
感性はその隙に、うさぎに主素を送り込んでいた。
[ 後は、人間に任せなさい]
感性は云うと、宇宙に開いた穴に戻って行った。
神々も心に帰り、結界も解かれていた。
高橋が、死に物狂いでマッサージをしている。喧騒(騒音)をシャットアウトしているので、一心不乱に詫びるつもりであった。
「げほっ、げほっ」
「赤瞳さん。・良かった」
高橋がうさぎに跨がりながら項垂れる。
「重いかもっ」
小野の独り言で、高橋が手をつきどく。
斉藤まるが、うさぎを起こした。
その隙をつき、木村が中里に飛び掛かった。隠し持つアーミーナイフが取り出されている。
「??・!!」
一瞬だけ、時間が停まった。
木村が持つアーミーナイフが、それで宙を舞う。
「有難う御座います、小島さん」
うさぎの最期の囁きが漏れ出た。
振り上げた右手に、警棒が翳されている。
「小島」Χ三
一期のメンバーが、思い出に縋った。
「一条管理官の相棒だった、小島巡査部長ですか」
斉藤まるが上擦っていた。
「バカ者。今は警部だ」
「赤瞳さんのお陰で、二階級特進したんだよ、まるちゃん」
伊集院が肩を貸しながら、うさぎが起ちあがった。
小島が、木村が手放したアーミーナイフを拾う。そのまま、うさぎの背中に突き刺した。
「!!・?」
うさぎは、心に纏わり付く電磁信号を、思念に乗せて事切れた。
思念に乗り揉まれる電磁信号が、人の心に奏でたものは
瞳に映る総てのものが、妖かしなりけりであった。
完結
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