第27話

     四十一


「お久しゅう御座います、赤瞳様」

「ご無沙汰して申し訳ありませんでした、ニュートンさん」

 うさぎは差し出された手を握り感情を思念に変えて送っている。


「おうっ、赤瞳様。感性様が突然現れて、勾玉を渡してくれっ言うからびっくりしたぞ」

「我にかまけていました。御免なさい、迷惑を掛けて終いましたね、ノーベル博士」

「赤瞳様の勾玉は、無くしたのかい」

「疾風さんが、宿り主を変えたようですね」

「感性様の指示がそれだったのだろうな」

「言伝は何方にされたんですか」

「ニュートンだよ」

「有難う御座います。次妹さんは忙しいみたいですから」



「ニュートンさん、多分ですが、問題が無いはずですから、発表して下さい」

「女神は再降臨しましたが、仕来りを無視したので、皆に苦労をかけます。でした」

「どういうことじゃ赤瞳」

「私が連れて来た女性のことでしょうね」

 うさぎが、結衣の肩に手を置き、ひそひそと耳打ちした。


「浅川結衣です。どうぞ宜しくお願い致します」

「多分ですが、結衣さんの心に宿っています」

「降臨に、仕来りがあるのですか」

「心の隙間に入る為に、転換期に関係するみたいです」

「物心がつく、というやつかい」

「柵みが張り巡らされたことで、そうなったんでしょうね」

「肝心の疾風が留守なら、確認出来ませんね」

「これも多分ですが、自然現象がレベルアップしたことで、慌てたのでしょうね」

「だとすると、不吉の前兆になりますね」

「大昔は、星座が変わると、不吉の前兆としていました」

「今は、なんじゃ」

「私は、雲に注意しています」

「感性様との遣り取りを雲でしているのか」

「遣りはないです」

「取りだけなの」

「ニュートンさんなら解りますよね」

「引力ということですか」

「引力があるなら、出力もあるな」

「ノーベル博士は、重力子にも長けていたんですね」

「どういうことなの。解るように話してよ、赤瞳さん」

「もう少し我慢して下さい」

「どういうことじゃ」

「結衣さんに教える為に、神通力を施すのですね、赤瞳様」

「流石です、ニュートンさん」

「疎通を、魅惑で取り込むつもりだな、赤瞳様」

「お姉様の力で、覚醒に導くのですか」

「互いの想いが重ならないと、覚醒には至りません」

「結衣さんの心が堪えられるの」

「神が選んだ心です」

「赤瞳を信じてみなされ」

「解りました。口出ししません」


 うさぎは真顔に戻り、結衣を瞑想に誘導し始める。


 結衣さん、瞳を閉じて、心を真っさらにして下さい。

 イメージするものは雲で、抱かれて同化します。

 暖かくて気持ちの良い光が、結衣さんをかしていきますよね。

 大丈夫です。融けるのは、消滅する為ではありません。心を解放する為です。


 うさぎの言葉が消え掛かると、結衣が迷宮に堕ちていく。確認してから、思念が少しづつ送り込まれた。

 

 結衣の躰から光が背光のように放射され始めた。光の元は、勾玉である。少しづつ強くなり、焦点が重なりあっていく。色味が琥珀に変わり、疎通が完了した。


「今回は、突然でしたね、卑弥呼さん」

「お姉様・・・」

 光の中から、姿が浮彫になっていく。

 朧気おぼろげな影から、人が形成される。


「呑気過ぎませんか、赤瞳」

「えっ」

「疾風は今、死に物狂いで谺の魂を捜しているんですよ」

「私たちに出来ることがあるんですか、お姉様」

「赤瞳が植物人間になっても、目指す場所を知ってますよね」

「仕来りを理解していますからね」

「谺は知っていますか」

「知らないはずです」

「経も無く、目指すものも解らずに、果てのない無重力空間を彷徨っているのですよ」

「赤瞳様、どうする」

「それを博士たちにお願いする為に、連れて来ました」

「次妹は、理性と協力して、神々を集めなさい」

「何故ですか」

「谺の魂は高電圧で、心と魂が分離されています」

「心と魂を見つける為に、神々が必要なんですね」

「違います」

「えっ」

「魂は、疾風が捜し出します」

「心を捜すだけですか」

「心を捜すのは、赤瞳です」

「ならば、・・・」

「心と魂を合成するのに、大量の思念が必要になりますよね、次妹さん」

「そういうことですか」

八神やつがみが集まれば、円満を満たせます」

「八神」

「卑弥呼さんから六弟さんまでに、疾風さんと理性さんで、八神です」

「解ったわ、赤瞳」

 次妹は言うと、結界から出て行った。


「卑弥呼さんの知識を、結衣さんに継承出来ませんか」

「それは無理ですよ、赤瞳」

「心に刻むことは、本人にしか出来ないからですか」

「赤瞳が図書館で理解出来たように、結衣が自らの心に刻むと、理解へ導けます」

「だ・そうですよ博士方々」

「心の居場所も引き出すんですよね」

「宜しくお願いします、ニュートンさん」

「赤瞳様も、ここに残るんだよな」

「色々と処理をしてからです」

「一刻でも速く終わらせる為に、尽力してみるが、わし等は文化が違うんじゃぞ」

「大丈夫ですよ、博士たちは紛れもないんですからね」

 言ったうさぎも、結界を後にする。


 卑弥呼の背光が、ゆっくりと勾玉に吸収されていく。

 結衣の姿が元に戻った。

 結衣は、

「結界の仕組みが知りたいな~?」と、口にした。

「なぁ、結衣さん」

「なんですか、ノーベル博士さん」

「なんじゃろう、この違和感は」

「赤瞳様が良く言う『境界線』ではないですか」

「私のことを忘れなさい」

 結衣の口から発せられた。

 三名の偉人が目を点にして、思考をフル回転していた。


 うさぎが始まりに拘るのは、ゼロとレイの曖昧を正したいからである。卑弥呼が言ったことは、先入観を捨てろ。ということと、無からの出発を重ねていた。


「わしが赤瞳に教わったことは、謙虚じゃった」

「何も無い状態で生まれるものは、『想い』だとも教えてますよね」

「ゼロは重なるから円だ、と食って掛かったよ」

「私たちが、結衣さんに教えることは」

「ゼロ。だよな」

「破裂しないよう、丁寧で優しくじゃな」


 結衣がキョトンとして、偉人たちの呟きを見守っている。そのあどけなさが、心の原動力になり始めた。うさぎの言う主素は、地球上では、人のやる気に当たるのである。それぞれが気負わぬ為に確認し合い、結衣に正対した。



     四十二


「結衣さんや」

「何、ガリレオさん」

「谺君と話したことを、わし等に話してくれんかのう」

「何でも良いんだよ」

「何でもって言われても、皆さんが何を聴きたいのかが解らないよ」

「そうですよね」

「わし等が聴きたいのは、谺君のことなんじゃよ」

「谺のこと」

「今までのように普通の生活に戻してやりたいんだよ」

「お医者さんが、死ぬまで植物人間のままって言ってたわ」

「赤瞳様が、絶対に生き返らすと言いませんでしたか」

「そう言って、私をここに連れて来たの」

「嘘は嫌いじゃから、単刀直入に言うと、魂から心が離れたんじゃよ」

「どういうこと」

「人の躰には、魂が宿る。と聴いたこと無いかい」

「心が宿る、と赤瞳さんが言ってたわ」

「心と魂は、併せてひとつのものなんですよ」

「本来併さっているものが切り離されたのが、谺君の今の状態なんだよ」

「疾風様という神が、魂を捜しているんですが、心がないと前の状態に戻れないんです」

「生き返っても、元の谺じゃない。ってことなの」

「そうじゃ。赤瞳が心を捜しに行くんじゃが、何せ宇宙が広過ぎるんじゃよ」

「広すぎて見つけられないのね」

「それだけじゃなく、二度と合成出来なくなるんだ」

「どうして合成出来なくなるの」

「魂が、他の心で埋め併せるからじゃよ」

「他って、そこいらのもので代用できるの」

「基本的には駄目だよ。しかし、ブラックホールについた時、心の無いものは還元されるんだよ」

「一対が、還元の対象になります」

「還元されると、どうなるの」

「元素に戻るんじゃ」

「無に帰る訳ではなく、ごみちりになります」

「また合成を繰り返して、再び魂になれないの」

「同じみちを踏まないように、触手を抜かれます」

「なんで」

「それが、罪と罰の掟なんです」

「罪と罰の始まりがビッグバンだと気付いた赤瞳様が、森羅万象を綴ったことは聴いているよな」

「気付かせたのが、谺のお父様らしいよ」

「わし等と同じ科学者だろう」

「そう言ってたわ」

「やはりな」


「後、・・・」

「なんですか」

「オリオンベルトの思い出を語っていたわ」

「オリオン座に固執する理由があるのかな」

「両親との思い出を、宝物みたいに話していたわよ」

「他界された、ということじゃな」

「親戚たちを、お金の亡者と言う位だからね」

「赤瞳様が、何か言って無かったかい」

「後見人になっているらしいよ」

「なった理由は」

「恩を施されたらしい」

「それは、神の目の使い途を知ったことじゃろうな」

「使い途が解らない、と言ってましたからね」

「あっ、後、谺の心が純真だから、お金よりも価値のあるものを残してくれたって、言ってたわ」

「お金ですか」

「もしや、より多くを集めたがる、ということじゃなかろうな」

「馬頭星雲(オリオン星雲)かも知れんぞ」

「地球から見ると、リゲル付近に見えますよね」

「有難う、結衣さん」

「こんなにも簡単に解っちゃうの」

「わし等も一応、人間だったからのう」

「赤瞳様が言ってましたよね」

「わし等は、んじゃよ」

 ガリレオは言って、満面の笑みを、結衣に向けた。併せるように、結界に住む偉人たちが、結衣に笑顔を向けていた。




                 

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