第26話
四十
1・2・さん吉で歓迎会は開かれた。
コロナ渦なので、酒の無い食事会であった。ひとりで食べるもどかしさを考えれば、時間の流れでさえ得した感がある。
流れ解散であった。
相性は勿論だが、レベルアップを図ることに重点を置いているように窺えた。
うさぎは、小野を気に掛けている。あの時に必要なものを教えていた。答えが必要なものは、学校制度の落とし穴であることを話しておきたかった。過去から繫がるものは大事だが、捕らわれて終うと、本末転倒に至るのである。
伊集院は小嶋のお守りにかかり切りになった。天然素材同士だと、通じるものがあるからだった。
石は、高橋に気遣っている。科学者を差し置いて、説明して終ったからである。高橋はそれを気にしてはいない。
中里は、斉藤マルコスに張り付いた。最初の重圧を知ることで、イレギュラーに対応する適応力を教える為である。斉藤は面倒見の良さで
谺は結衣と並び、駅に向かっていた。
「生存確認をするつもりだったのに、仲間入りまでしちゃったね」
「結衣と話して、必要なものに気付いたんだ」
「必要なもの」
「踏み込む覚悟」
「お父様の弔い」
「そう言っちゃったけど、赤瞳さんを狙う悪党に対する正義感? だと思うよ」
「私は、科学を悪用することにむかついたわ」
「誰かが阻止しないと、無法地帯に陥るもんね」
「
並んでいるはずの、谺に振り返り、結衣は独り言を言っていることに気付いた。辺りを見廻すと、谺は黒装束に担がれて、手前の路地を曲がろうとしていた。結衣はそれで、慌てて後を追っていた。
住吉書房を右折して一本目の路地を右折した。地理情報の無い結衣は、
「谺を返して」と大声を上げた。
商店街を
黒装束が、結衣の節羽詰まった叫び声を聴き、慌てて谺を投げ捨てた。
谺は意識を無くしていた。糸の切れた操り人形のように、無機質に重力支配で朽ち果てていた。結衣が駈け寄るが、微動だにしない。
「
結衣が、谺の躰を揺すり続け、
「谺、こだまっ~」悲痛の叫びを上げて、抱き締めた。
結衣が、谺を抱き締めた際に、ポケットからスマホが落ちた。それに気付き、谺をそっと寝かせて、スマホを拾った。
「救急車、救急車よ・・・」
上擦りながら、画面にタッチした。動揺と身震いだけでなく、思考回路もショートしている。
「もしもし救急車、救急車をお願いします」
「結衣さん? 落ち着いて下さい。うさぎです」
流れ解散の際、うさぎと連絡先を交換していた。結衣が、うさぎの声で、我だけ取り戻した。
うさぎにしても、動揺を隠せないでいた。
「大丈夫。ゆっくりと、私に状況を、話して下さい」
「黒装束に、谺が
「近くにあるものを教えて下さい」
「鳥居。谺は鳥居の前に倒れています」
「解りました。直ぐに行きます」
ものの2~3分で、うさぎがついた。
キーワードの鳥居は、線路沿いの住吉神社にしか無い。
「救急車を呼びましょう」
微かだが、息づかいはある。
脈拍もある。
うさぎは救急に連絡を入れた。
わなわなと身震いを続ける結衣は、
「御免ね、私が自分のことばっかり主張して、谺の存在を大事にしなかったから、罰が当たったんだよね。御免ね・・」と繰り返している。
うさぎには、掛ける言葉が見つからなかった。
うさぎも付き添って、関東○○病院に運び込まれた。検査と処置を待つ間に連絡していたので、十分程で全員が集まっている。
小野は到着すると、フロアの支配に務める。うさぎが事故で運び込まれた時と同じ状況だったからである。今回は全員集合して居るが、通路で項垂れるしか出来ないでいた。
谺の眠るベッドの側に、結衣が座り手を握っていた。献身的なのは、せめてもの罪滅ぼしであった。
斉藤が扉の前で仁王立ちしていて、仲間の誰ひとり、浸入しようとしないでいる。
それぞれが、医師の発言
「脳波の反応が無いので、植物人間状態です」を想い返していた。
うさぎが電磁波に打ちのめされた。覚悟を決めるのに、時間はそう掛からなかった。
斉藤の位置をずらし、扉を開ける。締め切られた病院の通路に、神風が吹いた。
うさぎはお構いなしに中に入り、結衣を抱き抱えるように立たせて連れ出した。
後悔に思考を占領されている仲間たちを尻目に病院の玄関に来た。
「私が側に居ないと、谺が寂しがるから、病室に戻ります」
「谺は必ず生き返ります」
「先生が、99,9%生き返らないでしょう。と言いました」
「残りの0.1%を、私が100%にしてみせます」
「どうやれば、0.1%が100%になるんですか」
「神頼みします」
「生き返るなら尚のこと、私が側についていないと駄目です」
「私が神頼みしている間に、結衣さんが危険に曝されます」
「皆さんが側に居てくれます」
「備える為と割り切って下さい」
「?、何処へ行くつもりですか」
「この世で一番安全な場所です。私を信じて、追いて来て下さい」
うさぎは半ば強引に手を引いた。
電車に乗り川崎区の自宅に向かう。この世で一番安全な場所へは、公共交通機関では行けないのである。
バイクで向かう為に、熱い紅茶を飲んでいた。精神的に弱まっている上に、風で体温を奪われると、内臓に障害を起こすことを危惧したのである。
「では、行きましょうか」
自前の防寒具を渡し、装備を整えて、ヘルメットを宛がった。
国道15号線から環八に出て、国道20号線で下り、富士山の麓にある青木ヶ原に到着した。木々の密集地にバイクを隠して、
「少し歩きます」
「ここは、樹海ですよね」
結衣は口に出さないが、懐かしさを感じていた。
うさぎが、何やら唐突に、
「邪馬台国の卑弥呼さんを知っていますよね?」と問い掛けた。
「伝説の巫女ですよね」
「漢の皇帝が送りものをしています」
「伝説ではない、と言いたいんですか」
「伝説と言われる由縁は知りませが、ただの巫女に、皇帝が送りものをすると思いますか」
「赤瞳さんの神頼みは、卑弥呼と言うことなんですか」
「信じる者は掬われる、ですよ」
「おうっ、赤瞳。随時と久しいな」
木々の奥から声が聴こえると、老人? の姿が見えてくる。
「お元気そうですね、ガリレオさん」
「赤瞳さん、う・後ろに純子さんが居ます」
うさぎが振り返ると、斉藤が
「追いて来てたんですか、次妹さん」
ガリレオが不機嫌な態度をとった。
「赤瞳さん、何語? を話しているの」
言葉ではない流れるような音? だけを聴く、結衣は咄嗟に訊いていた。
「サンスクリット語です。理解出来ませんよね」
ガリレオがそれを考慮して、結衣の首に勾玉を掛けた。向きを変えて、うさぎにも勾玉を掛ける。
「私は、取り越し苦労をしただけですね」
「こ・言葉が解る」
「説明をしてもらっても、良いかしら」
「赤瞳の性分は知っておる」
「病室の扉を開けた時に、神風が吹きましたよね」
「あれは、神風だったんですか」
「疾風が、赤瞳の勾玉を取り、谺とやらに掛け替えたんじゃろう」
「ガリレオさんは、疾風さんから頼まれたんですか」
「わしか? わしは、感性様から頼まれたんじゃよ」
「私が神頼みを決心したからですね」
「一刻を争ったんじゃろう。感性様は三人に
「赤瞳はともかくとして、結衣とやらが結界に入るには、と考えて追ってきたんです」
「御考察、傷み入ります」
ガリレオが踵を返して、闇に向かって歩み出した。
「私は戻りますよ」
「感性様からの
「言伝」
「ガリレオさんは、偏屈な一面を持っていますから」
「お他人様の目に触れることは御法度なんじゃからのう」
「皆さんの居る朕(集会場)で、蟠りを解きましょうよ、次妹さん」
斉藤が苦虫をかみ潰すと、胸元に首から下がる勾玉が闇の中から気(磁力線)を集める。勾玉が光沢で浮かび上がるのと一緒に、次妹が斉藤の姿を
「疎通を完成したいなら、心を同化させれば、逆転の法則で表裏一体になれますよ、次妹さん」
「それが難しいの、赤瞳の言うようにはできないのよ」
「互いに
「赤瞳と疾風様との同化は、誰にも真似できんじゃろうな」
「真似の専売特許は、六弟のものですよ」
「悪を取り込む心は、穴だらけなんじゃよ」
「心の穴だったんですか」
「わしが疾風様に教わったことは、総て知っとるじゃろう」
「赤瞳は自分に厳しいから、心が穴だらけの
「それでも、兄弟の絆で繫がっておるわ」
「赤瞳さん、ご老人は、神様なんですか」
「ガリレオ・ガリレイ博士。結界の住人ですよ」
「結界とは? なんなの」
「人の御霊を護る場所です」
「御霊? 霊を護る場所が安全なんですか」
「人だけでなく、神々の中にも不届き
「其れ
「私の言葉が解るんですか」
「勾玉が拈華微笑に変えて送るからのう、お嬢さん」
「ご・御免なさい、浅川結衣です」
「わしは、ガリレオ・ガリレイじゃ、知っとるじゃろう」
「それでも地球は廻っている。と言って処刑されたんですよね」
「わしの魂は、永遠の浄化に廻される筈じゃった」
「卑弥呼さんが、その理不尽にもの申して、連れて来たことが、結界の始まりです」
「卑弥呼さんは、赤瞳さんの言うように、神様だったんですね」
「神は神でも、頭領じゃぞ」
「頭領?」
「神々の一番上です」
「天界の一番上ですか」
「まあ良い、追々知ることじゃからな」
「結果が、この世の総てですからね」
「そうじゃ、じゃが、皆慌てておるのう」
「それぞれが本領を発揮しないと、今回のイレギュラーを治められません」
「わし等もか」
「ガリレイさんたちも、感性母さんに忠誠を誓っていますからね」
「そうじゃな。で、わし等は何をすれば良いんじゃ」
「其方に足りないものは、忍耐と思いやりでしょうね」
「そんなことは、百も承知じゃよ」
朕と呼ばれる場所は質素である。
大きな切株がテーブルで、張り出された根が椅子の役割を果たしていた。年輪の始め(中央)から延びた新芽が大きな葉を広げていた。
朝日のような明るさに照らされているが、お天道様が見えない。光の乱反射で明度を保っているが、光の元が太陽でないことだけは理解出来る。
人の可能性は、持って生まれるものである。運ばれて来るものが命だから運命と言うが、それすらが間違いであることに気付ける
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