第25話

     三十八



 最初にやって来たのは、ダブル斉藤である。


「やっばり、カウンター席を独占していたわね」

「たまには、自分の言うことを信じても良いんじゃないかな」

「まるのくせに、一人前なことを言うじゃない」

「こんなのが、次々に現れるからね」

 伊集院が谺と結衣に耳打ちする。


「やっばりいた~。今日は来ないのかなぁって、話してたんだよ、赤瞳さん」

 谺と結衣が、ペコリと会釈した。

「何方ですかぁ」

「浅川結衣。私の横は、・・」

「広瀬谺です。宜しくお願いしますね」

「だってさ、はるちゃん」

「小嶋陽菜だよ。赤瞳さんの隣、良い」

「赤瞳さん。今日くらいは、テーブル席にしようよ」

「そうですね」

 うさぎの応答で、斉藤が斉藤マルコスに目配せする。斉藤マルコスが直ぐに反応して、テーブル席を繋げ始めた。


「カカア天下のようですね」

「斉藤純子よ、広瀬君」

「自分は、斉藤マルコス文昭です」

「まるは皆が揃った時で良いの! 今は手を動かしなさい」

「同じ苗字だからセットにしているのさ」

「純子さんは口が悪いけど、人一倍思いやりが強いんですよ」

「返却棚の前に居るのが、はるちゃんの教育係だよ」

 小野が繋げられたテーブル席の端に腰掛けた。伊集院が結衣をエスコートして壁側の端に座る。うさぎが谺を伴って、伊集院と壁側の反対に移動した。

 確認した斉藤マルコスが、中央に通路を開けた。


「石ちゃんと中里は」

「買い物してから来るそうです」

 斉藤マルコスが、伊集院に説明する。

「座って待ちませんか」

 うさぎに言われ、斉藤と小嶋がうさぎの前に腰掛けた。

「あんたは、小野ちゃんの隣でしょっ」

 小嶋が渋々移動すると、中里と石が花束を持ち現れた。

 斉藤マルコスが席を立ち、中里が中央通路から壁側に入る。石は座らずに、

「赤瞳さんの妄想が、ほぼ完成しましたね。お二人をお待ちしておりました」と、意味深に言う。

「私たちのことですか」

 谺とあい目配コンタクトした、結衣が、其れを口にした。

「序でに自己紹介も、しちゃおうか」

 伊集院の戯れ言に、うさぎが、谺に肘鉄をくれる。

「広瀬谺です。どうぞ宜しくお願い致します」

 石が慌てて花束を渡して、腰を下ろした。

 伊集院が、

「川結衣ちゃんの番だよ」と教える。

です。宜しくお願いします」

「中里正美です。一応、室長をやらせて貰っています。どうぞ、宜しく」

 中里の持つ花束は、結衣に渡された。


「伊集院一二三だよ。ある人から、ソフィアと言われたことがあるよ」

 石が周りを見渡してから、

「石彩花です。一期のメンバーです。ソフィアと言ったのは、鈴木真由美さんらしいですよ」

「斉藤純子よ。女子の中で最年長になりました」

「小野ちはる。私までが、一期のメンバーですっ。川井遥さんが亡くなったので、純子さんが年長者になったんですよっ」


「高橋博子です。私もお二人と同じ科学者です。どうぞ宜しくお願い致します」

「小嶋陽菜です。はるちゃん、と呼んでね」

「斉藤マルコス文昭です。警察庁からの出向です。宜しくどうぞ」

「高橋さんと小嶋さんが二期のメンバーで、まるちゃんは出向だけど、二人も二期の扱いになるからね」

 中里が言うと、

「二期の扱いだけど、二人は、技術職だから僕の管轄になるからね」伊集院が付け足した。


「扱いってことは、私たちは、いっくんの部下になるんですか」

「上司と言っても、型だけだよ」

「赤瞳さんを中心に、皆で決める本当の民主主義体制なのです」

「得意分野で力を発揮するだけです」

「そういう赤瞳さんが、もの知り過ぎるから、わたしたちを振り回すのが実情なんだよね」


「今日は、二人の歓迎会だから、無礼講で良いんだよねっ」

「高橋さんは科学者と云いましたが、僕たちは薬剤師ですよ」

「開発に関与した、お二人ならば、科学者に違いありません」

「取り分け、谺君のお父さんは、赤瞳さんに科学を教えた権威らしいよ」

「DNAが違う? のっ」

「そうだった。宿題の答え併せが未だ、だったな」

「えっ、こんな時に、勉強会をするの」

「小野さん、責任を取って下さい」

「まるちゃんの癖に、生意気言うんだねっ」

「そうなの、最近のは少し、生になってるのよ」

「それだけ馴染んだんでしょう」


「浅川さんは、伊集院さんのお気に入りなの」

「川結衣ちゃんって呼ぶ理由が知りたいよね」

「負けん気の強さが真由美に似ているからじゃないですかね」

「あざとさを、嫌味に感じさせないところは、遥さんに似てるんじゃないかなっ」

「なら、赤瞳さんも、ほの字になるね」

「人類、皆、兄弟って言うよ」

「室長が話し掛ける相手は、顕微鏡の中の細菌ですよね。色恋には、黙っていた方が良いと思いますが」


「本当だ。まるちゃんの癖に、色恋を語るつもりらしいよ」

「友情は、信頼関係の上に成り立つからね」

「純子さんのように、幼児心理に戻ることも? かい」

「赤瞳さんは、反論? しないんですか」

「お他人様の口に、戸は立てられないですからね」

耳年間みみどしまの、言い逃れだねっ」

「何時も、こんな感じですか」

「蟠りを持たない為に、発言に制限をかけていません」

「見守ることで、心の保全を図っているのさ」


「谺君は、赤瞳さんのこのような一面を観たことは? ありませんか」

「父とのやり取りで観た笑顔とは、違いますね」

「僕の先輩に当たる人だからね」

「なら俺の先輩にもなるな」

「東大卒? なんですか」

「確か、生化学の教授だったと思うよ」

「で、谺君の専攻は」

「薬学部です」

「東大なの」

「まさか。・・私大です」

「お父様が、許したのでしょうか」

「赤瞳さんと話して、「分かったやってみろ」と言われたことを覚えています」

「何時のこと」

「確か、ベルリンの壁が崩壊した年だったと記憶しています」

「1989年11月9日でしたよね」

「年明けの三月一杯で、父が大学を退きました」

「私が御教授を受け始めるきっかけです」

「夢との関連は」

「夢の解読を覚えたのは、中学生の時でした」

「谺君のお父さんに、それを教えたの」

「広瀬さんの導きで、元素と知りました」

「大学を辞めた理由は、元素殺人事件を予知したからですよね」

「判りませんが、結果から視ると、そうなりますね」

「そろそろ、宿題の答え併せをしませんか」

「もう、折角・話しをはぐらかしたのにっ」

「皆さんが長生きする為の糧ですよ」



     三十九


 知識を持つことが、創意工夫に役立つと、うさぎの講釈から始まった。

 図書館での情報を、どれだけ糧になっているかの、復習の一貫である。


「高橋さんは最後に、まとめとして意見をして貰うからね」

 伊集院が順番を言うと、確認したい者が微動している。

「谺と結衣さんは、流れ(形式)に注意して下さい」

「流れって」

 結衣がヒソヒソと、谺に聴いた。

「勘違いを修正する為だから、口を挟むタイミングに注意して、ということだろうね」

「私たちが勘違いしてるかも知れないよ」

「聴くことで、修正できるから、一石二鳥になると思うよ」


「まるちゃんから始めよう」

「えっ、自分からですか」

「為せばなる、為さねば成らぬ何事も。と言います。私の説明を思い出して下さい」

「あの時の、石さんの言葉を、コピーすれば良いの」

「はるちゃんは、意味を理解するんだよ」

「どうやって理解するの」

「伊集院さんが説明することを記憶コピーして下さい」

「今回は、俺の発言も大事になると思うよ」

「宇宙人の本領発揮? だねっ」

「マルコスさん、間違えは訂正するだけです。自分をさらけ出して下さい」

「有難う御座います、石さん」

 斉藤マルコスが深呼吸をしてから、発言を始める。


 DNAとRNAを併せると、遺伝子と呼ばれるものになります。

 遺伝子は血液中にあります。酸素と一緒に全身を循環して、補修作業をして使い捨てられます。 と、しどろもどろに発言した。


「小野さんは今の発言を、どう思う」

「私は、赤瞳さんと同棲した時に」と前置きして語り始めた。


 DNAは遺伝子ですが、記憶を担っています。RNAも記憶ですが、抵抗力(本能)に位置する記憶と教わりました。 と付け加えた。


「石ちゃん、本筋にたどり着こうよ」

「はい」と答えた石が説明を始める。


 遺伝子と呼ばれるものは祖先から受け継がれるものです。遺伝子=記憶であり、継承されるものに、自らの体験が上書きされます。

 分類は縦二本の主管(親線)に、数多の横管(子線)で繋がれたハシゴ形状をしています。

 何時変わったのか解明されていませんが、主管がうねり、捻り螺旋(キャンディの包み)状になっているのです。継承を強くする為に捻り螺旋になったと診ると絆を意味します。

 細胞レベルで診ると、組織の組み合わせが交互したことで強度を上げたとも診れます(レンガ積みの角の理論)。繋がりを意味することは、チェーンよりも梯子の方が強度面で強いのです。それは、流れという形で、力を逃がすからです。


「今回の宿題は、過去からの継承を意図したものです」

「始まりに拘る、赤瞳さんらしいですよね」

「石ちゃんの説明にあるように、解明しないことが、未来の彩りに影響を及ぼすと、考えてみよう」

「自然災害の脅威を感じる、今するべきことは、備えることしか無いんです」

 うさぎは強調して説明を始めた。


 細胞レベルの交互が打ち出したものは、医学の進歩に起因したものである。抜けてしまった歯の穴も、血が溜まり肉になる。傷が塞がる傷痕も修復された証しである。


 人に備わる機能ポテンシャルが高いことは、各自で理解できるが、備えに対する認識は、それに比べると低い。

 気の緩みと形容するが、忘れることを考えれば、万全にした方が良いのである。


 知識は教わる事で幅が広がるものである。素直な心を育めは、器もそれに準じて大きくなる。

 褒められることで伸びることから、構造自体は簡素と思っていいものだろう。


 感性と心を繋ぐものと考えると、運命の赤い糸に辿りつく。人が心を無くしてしまった現在に、夢を観なくなったことで、赤い糸を手繰たぐり寄せることが困難になった。其れを、自らが切ったと形容すると、運ばれてくるものが、途絶えたとなる。これを災害に当て嵌めると、命を絶つことになるはず。


 人でありながら、人を知らない事実だけが浮き彫りになっている。

 自分に合う方法を摸索しながら、前に踏み出して欲しい。切磋琢磨の意味合いは、供に進歩することを指すのである。

 手を添える思いやりや、立ち止まり待つことは、人として当たり前である。だからといって、当たり前を慢性化しないで欲しい。

 人としての基本は、自分に厳しく、お他人様に優しくである。その優しさが、心で変換されたものが、じょうであり、心配りを通して、なさけとなるのだ。

 今現在の状況は、基本以前に、心が無い状況に陥っている。

 押し付けるのではなく、創り出すことから始めよう。

 立った一度の失敗で失う信用や、信頼関係で解るように、良い変化には時間を要するのである。


「今日は宿題を出さないよ。その変わりに、各自で今の説明を肝に銘じて欲しい」

 中里が締めて勉強会を終了した。

 今日の本文は、谺と結衣の歓迎会である。

 辛抱の先に待っているものは、ご褒美ともとれる、幸福の実感なのだ。其れを教えるために、心を鬼にして、揺らぐ心棒しんぼうを育んでいた。

 


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