第7話

     十五


 土曜日の十三時

「緊急招集って初めてだよね」

 真由美が、緊張の面持ちで言う。

「元素殺人なら三度目になるよね」

「それは、報告があった数でしょ」

「うさぎさんは、もっとあると言ったの」

「ミレニアム以降、開発が進んでいる、とは言ってたわ」

「自爆テロは、元素殺人じゃないよ」

「歯車と言った所で、組織が衰退するだけだから、開発を進めたんじゃないかな」

「大量殺人の段階に入ったのかも知れないね」

「物騒な世の中になっちゃうね」

「僕等が目の上のタンコブだから、抹殺計画でもしてるのかも知れないよ」

「あっ、中里さんだ」

 伊集院が癖で時計を見た。集合時間には、まだ三十分ある。


「やっぱり居たな」

「らしくないよ、最近のお前は」

「ご褒美に、目が眩んでいるからな」

「全く、お前って奴は、図々しいなぁ」

「人類史上初の単独遊泳が出来るなら、なんと言われようと構わないよ」

「三番目だよ」

「記録を残してないから、俺が初って言っても通るんじゃないかな」

「好きにしていいよ。それより、予習は幾つしたんだい」

「五つかな」

「どういうこと」

「中里は、予習を隠す為に、宇宙遊泳を引き合いに出しているのさ」

「私たちが二つ予想したよね」

「残りの三つは、宇宙遊泳のことだと思うよ」

「皆さん優等生ですね」

 うさぎが現れた。

「いつも思うんだけど、どうやって来るの」

「普通に商店街を歩いて来ますよ」

「私は上から見てるんだよ」

「お伊勢様参りの要領ですよ」

「なにそれ」

「中央は、神々様の通り道、ですか」

「駅から許りに注意しているからです」

「まっ良っかぁ。それで、緊急招集の理由は、すーさん」

 

 月末の第四週の日曜日に、元素を使った大量殺人を計画しているようです。絶対に阻止する為に、新元素の発見を公表しましょう。


 発表会見は、内閣府の主導にすれば全世界に伝わります。取り分け、重鎮たちの重い腰を上げさせれば、技術大国の底力がものをいうでしょう。


 厳戒態勢を引かずとも、ひとり一人が備えることが目論見です。大掛かりな仕掛けをしようものなら、警察・自衛隊・消防が血眼になります。


 新元素に付いては、ほぼ継承済みです。伊集院さんが残していたサンプルを観せれば、報道関係者で反骨できるだけの学識者は居ません。権威方が反論しても、米国が実験すれば、必ず発見してくれます。大国の底力は見くびれません。


 特効薬の開発に必要な時間を稼ぎましょう。技術大国と言う誉れは既に崩壊しています。日本で創れないなら、米国・英国・仏国・独国に託すしかありません。


「露国は入ってないの」

「露国・中国は秘密主義ですから、目先の転換を図る筈です」

「冷戦のてつを踏まない、ですか」

「日本国内に潜む諜報員をあぶり出したいよね」

いずれ、です。今は国民の安全を最優先に考えて下さい」

「うさぎさんに聴いたことを資料にしても良いんですか」

「一寸勿体ない気がするね」

「この世で一番大切なものは命です」

「解りました。尽力します」

「私と真由美は、地下に潜ります。ご健闘を祈ります」

 うさぎが言い解散した。


 中里が内閣府の重鎮たちを説き伏せて、十三日の金曜日に、発表会見が決まった。

 慌ただしく準備に追われる日々が続く。



     

     十六


 十三日 金曜日


 中里が緊張の面持ちで司会兼進行役を務める。

「それでは、新元素発見会見を始めます」

 ざわざわと陰口に似たざわめきが治まらなかった。

「ご意見・質問は後ほどにお願いします」

「始めに言っておきますが、名称等は仮のものです」

「仮と言うと、正式な発見ではないと言うことでしょうか」

「質問は後でお願いします」

「いや、僕の発見方法で必ず見つけられます。世界中の研究者が納得できるだけのものですから、悪用されない為の確認作業に手間取っているだけです」

「関係各所が、諸々の手続きに追われているようです」

「有難う御座いました」

「関係事項として、二千五年の自殺で処理された事件に遡ります。この事件に異議を唱えた伊集院検視官が独自で調査を続け、先日・隕素の発見に至りました」


「発見方法は、このサンプルを宇宙の絶対零度213,7℃に曝します。元素が活動停止に至る間際に、藍色の光に共鳴します。御存知と思いますが、宇宙の闇は藍色です」


「一応、資料を作成しましたので配布します。学術的に解明されていません。理解して戴く為に噛み砕いてあります。解らないことは後ほどお願いします」


「発見した元素を単独分離する為に、真空遠心分離技法を用います。それでも、異物が混入しています。900ヘクトパスカルで液化して精製処理して、完全な単独分離になります」


「何度も実験を重ねた結果です。必要機材のない日本ですから、時間が掛かりました。それで二千五年の事件が、新元素殺人事件と改めるに至っています」


「僕がサンプルを採ったことについては、被害者の御家族様・御親族の方々にお詫びと御礼を述べておきます。無礼な数々申し訳ありませんでした。御理解のおかげで無念を解明できました。有難う御座いました」


「それでは、質問に移ります」

 中里は言うと、挙手の中から選んだ。


「自殺と発表されたものを調べ続けたのは、所謂『勘』が教えたのでしょうか」


「人間の躰は正直です。脳・心臓のどちらかが壊死してから、臓器が役目を終えます。皮膚呼吸をしていますから、細胞・遺伝子が先に壊死しません。その理由を探し廻り、元素に辿り着きました」


「有難う御座います」


「次の方、どうぞ」


「先ほど、日本に機材がないと仰りましたが、何故ないのでしょうか」


「宇宙工学の分野では、先進国の中で最も遅れていると思います。精密機械を造る理由は、利益があるからです。宇宙に利益があると考えられないことは、僕たちの範疇でしょうか」


 伊集院の逆手が、記者にぐうの音も出させなかった。


「他にありますか」


「先ほどの説明で、単独分離に拘っていましたが、理由をお聴かせ頂けますか」


「そちらの資料にありますが、元素は星の数と同等と言われています。地球上にも億という数がある筈です。しかし現在は、118個しか発見されていません」


「元素の行動は、合成・分離・反発の三つだけです。合成で造られた原子との相関類似ですら、解明できてないものが多いです。そして原子が分子となり、生命体が生まれました。生命体にとって元素は元です。元に戻ることは、還元です。分解される恐れを持った方が良いのです」


「分解されて目に映らないものになるんですか」


「そういうものが多いのです。宇宙ステーションでラフに浮かび上がる姿は、ステーションの中だけです。そういう大事なことを削除した報道が、現実を歪めているのです」


「国民の期待に応えることが悪いと言うのですか」


「細菌兵器・ウイルス兵器に飽き足らず、元素兵器が地球外部から侵略している現在は、生命体にとっての新時代です」


「新時代に必要なものは、特効薬です。簡単に作れない特効薬ですから、知識と備えが必要なんです」


「他に質問はありますか」


「億の中の一元素を発見しただけでこのような発表会見を開かれた理由は、ノーベル賞へのアピールということですよね」


「いい加減にして下さい」


「僕たちは、人がバタバタと死なない為に発表に踏み切ったんだよ。隕素の発見と同時に、軟素・液素という新元素も発見しているよ。特効薬を創る為に、試行錯誤を繰り返しているんだよ」


「それだって、ノーベル賞という誉れにせられて取り組んでいるんじゃないの」


「若しかして、億という賞金に目が眩んでいるんじゃないですか」


「諜報員大国の日本で、新元素兵器を使った大量殺人が行われようとしているんだよ。それを阻止する為の会見でもやれ誉れだ。やれ賞金だ。言ってて恥ずかしくないのか」

 中里は言うと立ち上がった。


「あんたらみたいな人間でもたすけたい。人が寿命を全うできる世の中にしたい。そんな健気な想いを踏みにじるなら、元素兵器に朽ちてしまえ」

 伊集院は言うと立ち上がリ退席した。

 中里が後に続き、会見が強制終了した。


 控え室に戻った二人が視線を会わせた。

「やっちゃったな」

 その時に、伊集院の携帯がなる。

「もしもし、真由美さん」

「うさぎです」

「えっ、う・うさぎさん」

 伊集院は、会見のことを叱られると覚悟した。

「真由美が今、息を引き取りました」

「ま・真由美さんが・・・」

「元住吉の○◎病院です」

「な・なんで」

「フラフラと国道に出たらしいです」

「直ぐ行きます。詳細はその時に聴きます」

「後のことをお恃みします。それと、中里さんに、震災の猶予は五年と伝えて下さい」

 うさぎは言って、通話を切った。

 これを境に、うさぎが消息を断った。



  新時代  前編    完

 

 

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