choice.40 そして選んだ未来へと(2)

3日目! 完結するよ!

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 瑞浪さんとの通話を終えてから、すぐに風呂に入って布団に潜って、泥のように眠って──そして、翌朝。


 布団から出たくないというこの気持ちは、果たして今日が月曜日だからなのか、それとも昨日の疲れがまだ残っているせいなのか。いや、普通に両方か……などとつらつら考えつつも、いつもよりは素早く起き上がって朝食を摂った。


 うん。今日学校を休んだら、さすがに封伽と御帳さんに申し訳がなさすぎるだろう。言い訳の仕様もないほどだ。


 身支度を整えながら、俺はスマホを取り出し、二人の少女にそれぞれメッセージを送る。


『今日の放課後、屋上に来てほしい』


 あんまり長々と文字を並べるのもどうかと思って要点だけを書いたんだけど、我ながら簡潔を通り越して淡白な文面になってしまった……まあ、あの二人なら意図は察してくれるだろう。

 本当は、こういうことは電話か対面か、何にせよ自分の声で伝えたいところなのだけれど……女の子に朝っぱらから電話を掛けるっていうのもハードル高いし。


 送信してすぐ、スマホが着信のメロディを奏でる。しかも立て続けに二回。返信が早いのはありがたいが、早すぎやしないか? まだスマホを手から離してもないぞ。


 封伽からの返信は予想通りな『了解。ちゃんと遅れず来てよね』というものだった。『分かってるよ』とだけ返しておく。


 たぶん御帳さんの返信も似たような感じだろう……と思ってトークルームを開けたら、かなり予想と違っていた。以下本文。


『すみません、今日の放課後はどうしても外せない用事が入ってしまいまして……』

『申し訳ないのですが、お昼休みに会えませんか?』

『砺波さんにまで融通してもらうのは気が引けるので、あなたと私の二人で』


 どこか少し引っ掛かるところがある気がしなくもなかったけれど……しかし特に拒否する理由も無いはずなので、俺はすぐに『分かった。場所は屋上のままで良い?』と打ち返した。


 まあそもそも、二人が揃ってる前で言わなきゃいけないわけでもないし。

 昼休みと放課後で二回、御帳さんと封伽にそれぞれ告げれば良いだけの話だろう。二度手間ってほどのことでもない。


 俺はそう納得して、学校に向かうことにした。



「──ごめんなさい、放課後に用事があるというのは嘘です」


 午前の授業を終えて、昼休み。約束の通りに屋上へと向かった俺を出迎えたのは、御帳さんのそんな一言だった。


「ただどうしても、砺波さんのいないところで……あなたと二人切りで、話したかったんです」


 気分を害してしまったなら申し訳ありませんと、御帳さんは折り目正しく恭しく頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 何だろう。この人はもしかしたら、これまでの人生で一度たりとも嘘を吐いたことが無かったのかもしれない。


 特に害をこうむったわけでもないし、元より責めるつもりなんて無かったのだけれど……もし俺が怒り心頭だったとしても、こんな態度で謝られたら責める気も失せそうだった。


「私と砺波さんを呼び出したのは、あなたが選んだ『答え』を私達に告げるため、ですよね?」

「ん……ああ」


 頭を上げた御帳さんが、そう本題を切り出す。真剣そのものの視線を浴びて、俺も改めて背筋を伸ばした。


「まあ聞くまでもなく、あなたの気持ちはなんとなく分かってしまっているつもりですけれどね……」


 うぐ。察しの良い人だからもしかしたら、とは思っていたけれど、見抜かれていたんだ。

 しかも「あはは」と力なく笑う姿に、彼女の想像が正解していることが分かった──それを理解してもなお誘いに乗ってここに来たことに、彼女の強さが表れている。


「そんな大したものではありませんよ。強いて言えば、ケジメを付けたいだけです」


 そのケジメから逃げないことが強さなんだと思うけどな──昨日の俺は、そんな強さを一人では持てなかったわけだし。

 まさしく「本心からの答え」を望む姿勢というわけだ……瑞浪さんの顔が脳裏にチラついてしまうが。


「いえ、砺波さんが居るところで告げられることからは逃げてしまっていますからね……自分可愛さに嘘まで吐いてますし」

「でも、一番辛いところからは逃げないんだろ?」


 俺の問いに、御帳さんは黙って頷く。その瞳には一片の迷いさえも感じられなくて──やっぱり、御帳さんは強い人なのだと思った。


 逃げ出してしまう弱さについて、俺は人のことを言える立場にない。だから御帳さん自身の言う「弱さ」については何も思わないし、むしろ人として自然なことだとすら思う。

 ──それでもここに来た彼女を、俺は素直に尊敬したい。


「ですから──お願いします」


 御帳さんが強固な覚悟を胸に、そう告げる。

 傷付く覚悟も、傷付ける覚悟も、整ったはずだ。


 一迅の強い風が吹く。どこまでも続いていそうな澄み渡る青い空の下、御帳さんの制服と長い髪が揺れた。

 それでも、ただ正面を見据えた瞳は、揺れることはない。


 そして──


「──俺は封伽が好きだ」


 ──俺は、俺自身の『選択』を告げる。

 風の中でも掻き消えてしまわないように、はっきりと。


 それは、昨日の『世界からは消えてしまった時間』に、俺がようやく自覚した感情。

 ──俺は砺波封伽という幼馴染に、焦がれていた。


「──だから、俺は御帳さんとは付き合えない」


 御帳さんが俺を見据えているように、俺も彼女を見据えた。

 この結末と向き合う御帳さんの強さを、見倣うようにして。


「……はい、知っています」


 たった一瞬だけの沈黙を経て、御帳さんが口を開く。


 その声音と表情が示す感情は、複雑だった。

 さっぱりとした誇らしげな満足感にも、本当は溢れそうな涙を堪えた悲壮感にも見える──きっと、その両方が正解なのだろう。


 けれど一つ確かに言えるのは、ここで『繰り返し』が起きていないということだった──つまり、瑞浪さんの推察に照らして考えると、御帳さんは現状に不満はないということで。


「…………」

「…………」


 そして今度こそ、互いの間に長い沈黙が訪れる。


 ──というか、こんな状況で何を言えば良いんだよ!?


「ごめん」って謝るべきなのか? けど別に、悪いことをしたってわけでもないよな。

 じゃあ、御帳さんに最低限何かフォローを入れるべきか? でも、振った女に優しくするなってよく謂う気がするし。

 なら早々に立ち去っておくべきか? でも、それはさすがに素っ気なさすぎやしないか?


「えっと……こういうときって、何と言うのが正解なんでしょうか? 『末永くお幸せに』とかですかね?」

「そう……なのかな」


 どうやら、御帳さんも似たようなことを考えていたらしい。

 少し困った顔で尋ねられて、俺も曖昧に頷いて──二人で、互いに苦笑いを交換する。少し緊張も和らいだ気がした。


 ──優しい風が、二人の間を吹き抜けていった。

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