choice.34 歪な世界と素直な言葉(1)
まだ月末には3日あるぞ!?
……これから3日間連続更新です。完結します。
(先月は「あと2回更新」とか言ってましたっけ?)
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「それって……もしかして、私のこと?」
そう問う御帳さんの言葉には冗談の気配なんて欠片もなく、瞳に宿された感情は真剣そのものだった。強い意思が窺える態度が、下手な誤魔化しや曖昧な答えは許されないのだと、俺の意識に訴えかけてくる。
……いや、違う。
誤魔化しを許してくれないのは彼女ではなく、世界だ。
御帳珠洲の様子は、さっきと何一つ変わっていない。震えた声も、不安げに揺れる瞳も、態度も言葉も所作も感情も何もかも全て、どんな目で見たって「強い意思」なんて微塵も感じられない。
当たり前だ、今俺の目の前にいるのは、等身大のか弱い一人の少女でしかないのだから。
「強い意思」は、俺が幻視してしまっただけ──ただ俺が、彼女の内側に秘められた世界の不条理を、彼女そのものに重ねてしまっただけだ。
それに彼女の態度は、そもそも変わるはずが無いのだ。『一度目』も『二度目』も、問い掛けが帯びる温度は変わらない。
──だって、繰り返しているんだから。
(ここでも、巻き戻るのかよ)
再び訪れた『非現実』に内心で毒付くも、事態は動かない。
(俺がさっき答えたのは、否定の言葉だった)
つまり今回は、俺が彼女の問いを否定すれば世界が繰り返すシステム、ということらしい。
時間が巻き戻って、答えはリセットされて、問は再び重ねられる──そのことに、俺以外の誰も気付けないまま。
なら、俺に残されている選択肢は「肯定する」だけなのだろう。「その通りだよ」と答えて、「御帳さんと付き合うことになったのも、今日こうして家に来ているのも、全部それが理由なんだ」とでも付け加えれば、きっとパーフェクト。
(……できるかよ、そんなこと)
たとえそれしかこの状況を切り抜ける方法が無いのだとしても、だからって軽はずみにそんなことを言えるわけがない。
確かに俺はこれまで何度も、「仕方ないから」と諦めて自分の意に沿わないことを答えてきた。
だけど、それとこれとは話が別だ。交際や揃っての登下校、お宅訪問を受諾するのとはわけが違う。
──だってこの「選択」は、間違いなく御帳さんを傷付けてしまうのだから。
俺と付き合うことになって、恥ずかしいくらい喜び浮かれていた彼女のことだ。それが「他に道が無かったから」なんて理由だったと知れば、どうなる? しかも、俺から他の道を奪ったのが、無自覚とはいえ他ならぬ自分だったと知れば。
いきなり無情な現実を突き付けられて、彼女が傷付かないわけがない。
そんな残酷な真似は御免だった。俺が誤魔化したところで、聡い御帳さんのことだから、いずれ真実に辿り着いてしまうかもしれないけれど……それでも。
──そんな想いで吐いた嘘は、許されなかった。
視線の向く正面で、御帳さんは何も言わない。ただじっと、俺が何か言葉を発する瞬間を待っている。
その視線から逃げるように、俺はこの部屋にいる第三者、御帳さんの父親の方を向いた。もしかしなくても俺はきっと、縋るようなみっともない目をしていただろう。
俺が味わったのと同じ『不条理』を、味わったことがあるんだろ? だったら、どうにかしてくれよ──俺の中にある弱い心が、不可能だと分かりきった懇願を投げてしまう。
当たり前だが、そんな想いは、すぐに打ち砕かれた。
娘の突然に登場したことへ衝撃から立ち直って、自らの油断と失態に唇を噛みつつも、どうにかこの状況を打開する言葉を探す──狼狽を長引かせずに思考を巡らせる姿は、立派なものだ。流石は大人ということなのか、やはり一般とは異なる人生経験の影響なのかは、分からないけれど。
だが、それだけだ。
顔を見ただけで分かってしまう──あの人は、今の俺を
同じ経験があろうと苦しみを理解できようと、それじゃあ意味がない。
だから俺はあくまでも、俺だけでこの事態を打開しなければならないのだ──と、改めてそう言われてしまった気分だ。
でも、俺に何ができる?
肯定も否定もできない袋小路で、俺は何をすればいい?
とにかく考えるんだ。同じ問いを繰り返さない為に──御帳さんを傷付けることなく真実を伝えて、互いに遺恨を残すことなくこの場を切り抜ける、魔法のような言葉を。
──そんな都合のいい言葉、あるわけがない。
必死に考えても、出てきたのは救いの無い解答だった。
そりゃそうだ。魔法のように素晴らしい解決方法なんて、そのまま
この世には存在しないし、百歩譲って存在したとしても、俺に使えない以上は意味がない。只人の俺に、そんな力は無い。
「……」
だから俺には、黙っていることしか出来なかった。
御帳さんは何も言わず、俺の返答を待っている。
父親さんは何も言おうとしない俺を不審に思ったのか、こちらに視線を向けてきた──もしかしたら俺が『繰り返し』の渦中にあることを察してくれたかもしれないが、しかし気付いたからどうこうできるというものでもない。
誰も何も言うことなく、ただ時間だけが過ぎていく。
否、厳密に言うと、時間は刻まれていなかったのだと思う。もし正しく時が進んでいたなら、二人が何も言わないなんてことはないだろうから。
きっと俺が問いへの答えを出すまで、この部屋の時間は歪に止まったままなのだ。
部屋の外がどうなっているのかは分からない。
でも、恐らくは外も時間の流れは狂っているのだと思う。そうじゃないと辻褄が合わないから……もっとも、外に出てみなければ確かなことは言えないのだけれど。
(……外に、出る?)
その発想が一つの救いに思えたのは、どうしてだろうか。
「はい/いいえ」ではなく、明確な答えを「選ばない」という答え──自分の意志で決断するという己の誓いをかなぐり捨ててでも、御帳さんを、それから自分の弱い心を守る選択。
その考えが頭に浮かんだ瞬間──
「──ッ!」
──その考えが頭に浮かんだ瞬間、俺は走り出していた。
御帳さんも何もかも全てを置き去りにして、部屋を出て、別れの挨拶すらせずに御帳さんの家を出て、外に出て、まだ雨の降り続いていた外の世界に飛び出して。
「どうしろってんだよ、あんなの!」
胸に抑え込んでいた鬱屈した感情を剥き出しにして、叫ぶ。声は雨音と風音に霞んで、たぶん誰にも届くことなく消えた。
家の外に出た直後だというのに、強い雨のせいで服はずぶ濡れになる。父親さんに借りた大きめの服だというのに、布が肌に張り付いていた──その独特な不快感に辟易するだけの余裕は、持ち合わせが無かったけれど。
突然のダッシュと叫びで荒れた呼吸を整えつつ、俺は御帳さんの家から離れようと歩き出す。足取りはおぼつかないが、とにかくこの場所に留まっていたくなかった。
──「選ばない」を、選ぶ。
──それは、誰の目にも明らかな、逃亡だった。
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