choice.33 選ぶために・2日目(5)

「──とまあ、僕から話せるのはこんなところだね。君が知りたかったことに応えることができたとは、残念ながらあまり思えないけれど」


 そんな一言で、父親さんは話を締め括った。俺はとりあえず礼儀として、「ありがとうございました」と頭を下げてみる。


 父親さんの言う通り、得られた成果だけを見てしまえば、あまり満足のいかない結果なのかもしれない。


 分かったことといえば、御帳さんが引き起こす『非現実』が母親由来のものだったってくらい。

 後は、いつからか父親さんが『非現実』に巻き込まれる頻度が減ったという話とか。なんとなく、救いが見い出せそうな気がしなくもない。

 ……いや、一切無くなったわけではないらしいので(今でもたまにあるそうだ)、むしろ「一生掛かってもどうにもならないんじゃないか」って感じが増したのかもしれないが。


 つまり結局、あの現象の原理や原因も不明のまま。だから、目下のところは打開の方法も見付からないままだ。

 そういう意味では、「ここで話を聞いたことによって事態が好転する」ということは無さそうである……父親さんには申し訳ないけれど、ちょっとしたガッカリ気分は拭えない。


 そんな内心が顔に出てしまっていたのだろうか、父親さんが「期待させて申し訳なかった」とばかりに目を伏せる。

 話を聞いていても思ったけれど、真面目な人だ。父親さんが気に病むようなことでもないのに。というかこの問題は、誰が悪いというわけでもないんだから。


 それに、


「確かに、俺がこれ以上を期待していなかったといえば嘘になりますけれど……それでも、無駄ではありませんでしたよ」


 そう告げた言葉もまた、俺の本心だった。


「『誰に言ってもバカにされるような話』って言ってましたけれど……それをずっと抱えてるのって、精神的につらいものがあるじゃないですか」


 ありのまま起こったことを話したとしても、信じてもらえないどころか鼻で笑われるような物語。

 夢と現実を混同させていると心配されるか、相手によっては嘘付き呼ばわりされて罵倒されるような、そんな『非現実』。


 そんなものをずっと独りきりで抱え続けていたら、そのうち『非現実』という現実に押し潰されていたと思う。それはきっと、それほどは遠くない未来な気がして。


「このこと、ちょっと事情があって、知り合いの一人には打ち明けたんですよ。知っての通り、荒唐無稽でメチャクチャな話ですけれど……そいつは、信じてくれたんです」


 思い出すのは、瑞浪緋色の顔。

 俺の話を、あまりにも自然に受け止めてくれた彼女。


「そのとき、やっぱり嬉しかったんですよ」


 ……あのときのことを思い返すと、やっぱりどうしようもなく苦い気持ちにはなるんだが。

 瑞浪さん、素直に感謝しづらいところあるよな……あの人の場合、気負わせないようにって計算でそう振る舞ってる可能性があるのが怖いところなんだが。


 ──だから、父親さんと話せたことも同じ。

 ──いや、間違いなく「同じ」以上だ。


「話を信じて受け止めるどころか、俺と全く同じ体験をしてる相手なわけですし」


 だから、俺は胸を張って断言できる。

 ここで父親さんと出会えて、言葉を交わせてよかったと。


「普通に考えて、誰も信じてくれませんからね。『俺の返答次第では同じ時間が繰り返して、ずっと同じ質問だったり提案だったりをされ続ける』だなんて」


 俺は最後だけ冗談めかせて、笑ってそう言う。

 なんとなく、父親さんの表情が少し緩んだ気がした。


 部屋を占めていた緊張感が融けて、いつしか強張こわばっていた肩の力が抜ける。これで、この場での話は終わりだ。


 ふと時計を見てみると、思ってたよりも時間が過ぎている。そろそろリビングに戻っておかないと、痺れを切らした御帳さんがこの部屋にやって来てしまうかもしれないな、なんて思いながら俺は椅子から立ち上がった。


 ──そんなときだった。


「それって、どういうことですか……?」


 ──この場にいないはずの彼女の、するはずのない声。


 ぎこちなく扉が開く音と共に、少女の震えた声が響いた。



「同じ質問や提案が繰り返されるって、何です……?」


 扉の陰から姿を見せたのは、言うまでもなく御帳珠洲。


 話していた内容のこれ以上ない中心人物が突然登場したことに、俺と父親さんの驚愕が閾値を越える。

 さながら時間が止まったみたいに動けなくなる中、言葉を発せたのは御帳さん一人だけだった。


 まさか当人に聴かれてしまっていただなんて……いや、これは完全に、俺が油断していたとしか言えないだろう。


 母親さんへの言伝があるのだから、御帳さんがこの部屋まで来ることはないと信じ切ってしまっていた。

 それに、もしこの部屋まで来たとしても、「『異常』の中心である彼女には何らかの力が働いて、俺達の話の内容が認知できないのではないか」なんて楽観的に構えていた。


 俺はなんとか首を動かして、視線を父親さんに向ける。その様子から察するに、きっと俺と同じ考えだったのだと思う。


 ──けれど、こうなってしまえば。


「それって……もしかして、私のことですか?」


 聡い少女がその結論に達することを、止める術はない。


 それは、想像力を少し働かせれば気付けることだから。


 表面上、俺が御帳さんの頼みを断ったことがないこと。

「御帳さんには聞かせたくない話」として遠ざけていたこと。

 どちらも、単体で根拠というには弱い欠片でしかない──けれど、点と点を乱暴に結んだ線は、正しい道を描いてしまう。


 問い掛ける御帳さんの声は、消え入りそうなほどにか細い。

「もしも肯定が返ってきたら」という不安に揺れる瞳も、見る者の心を締め付けるようだった。


「……違うよ」


 俺はようやく驚愕から抜け出して、失っていた言葉を取り戻す──そのとき、自然と口から、嘘が零れていた。


「……実は、御帳さんのお父さんと俺とで趣味が同じだって話で盛り上がってさ。それで打ち解けて、冗談とか言い合ったりしてたんだよ」


 俺の口から、流れるように嘘が紡がれていく。考えるより先に喋ってるみたいな、変な感覚だった。


 ──それは我ながら呆れてしまうほどに、どうしようもなく完成度クオリティの低い嘘。


 けれど、ここで御帳さんが笑って「なんだ、そうだったんですね。じゃあ私も交ぜてくださいよ、仲間外れにすることないじゃないですか」とでも言えば、この状況は全て無かったことにできる。


 真っ赤でバレバレの嘘でも、嘘と看破さえしなければ、表面上は心の平穏を保つことができるのだから。

 今の御帳さんなら、それを選ぶ可能性も高い……現実を直視しない道だって、道であることに変わりはないのだから。


 ──けれど、現実はそう甘いものではなかった。


 御帳さんが、再び口を開く。


「同じ質問や提案が繰り返されるって、何……?」


 震えた声と、不安げに揺れる瞳。

 発した言葉は、俺の台詞に対する返答ではない疑問符。


 その「噛み合っていなさ」は、さながら御帳さんが俺の返答をまるっきり無視したかのよう。

 けれど、それが意味するのは、もっと別のことで。


 ただ世界が、心の弱さを許してくれなかったということだ。

 ──俺に対しても、御帳珠洲に対しても。


「それって……もしかして、私のこと?」


 ──それは、だった。


──────────────────────────

完結まで、あと2回! たぶん!


……すみません、勢いで言ってみたものの、実際のところはまだ分かんないです。ラスト8話くらいだとは思うんですけどね。

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