choice.30 選ぶために・2日目(2)
──今日のデートが終わったら、御帳さんと封伽とのことについて「これからどうするか」を考えなければならない。
考えて、ハッキリ答えを出すと自分で決めたのだから。
とはいえ、正直に打ち明けてしまうと、当初は二人のどちらとも付き合わない道を選ぶつもりだった。
いや、「つもり」というほど具体的に考えていたわけではない。けれど、なんとなく「そうなるだろう」くらいには思っていた。
俺の望みはずっと、平穏を取り戻すことだったから。この面倒事を終わらせて心の安寧を守るのを主目的に据えれば、恐らくはそれが俺にとって理想の結末だ。
どうにかして御帳さんに「俺は君とは付き合えない」と伝えて、申し訳ないけれど引き下がってもらう。後は、封伽にそれを報告すれば、俺と封伽が付き合うだけの理由も無くなる。
そうすれば問題は全て解決すると思っていた。
まあ、その「どうにかして」の部分が難しすぎるというのが唯一にして最大の課題だったわけだけれど……実はこのデートには、それを探るという目的もあった。
『選ぶ』ために御帳さんのことをもっと知りたい、というのも嘘ではない。ただ御帳さんについて知ることが、あの「茶番選択肢」を打ち破ることに繋がるかも、とは思っていた。
どんな選択をするにしても、あれが厄介であることには変わりないわけだし。
──だが昨日、封伽の本当の想いを知って。
それによって、状況が劇的に変化するというわけではない。
けれど俺にとって、状況の見え方は大きく変わる。
見え方が変われば捉え方が変わるし、考え方も変わる。
封伽の想いが、素直に嬉しくて。
彼女の気持ちに応えてやりたいという気持ちも、この胸の中に確かに宿っているような気がした。
──アンタのことが、好きだから! ずっとずっと、大好きだったから!
思い出すだけで顔が熱くなってしまう情熱的な告白も、不意に奪われた唇の感触も、まだ鮮明な記憶として残っている。
あんなに強く想われて、言葉と態度で気持ちを示されてしまえば……一人の男として、心が動かないはずがない。
(でも……それは御帳さんも同じ、なんだよな)
あの屋上での告白は、懐かしむほど遠い出来事ではない。
──あなたのことがずっと好きです。付き合ってください。
そりゃあ色々と、彼女について思うところはある。俺から理不尽に選択の自由を奪うタイムリープに対しても、たまに恋心が暴走してしまっているところに対しても。
けれど、どちらも彼女に悪気や責任があるわけではないし、何より、彼女が俺を想ってくれていることは確かなのだから。
それを撥ね退けるだけの理由が、果たして俺の中にあるのか──そう問われると、頷くのは難しいかもしれない。
だから。
(……どちらかの想いには、応えるべきだろうか)
俺は、どうしたいんだろう──何を、選びたいんだろう。
「……」
……えっとですね。
「デートの最中にどうしてこんなことをつらつらと考えているのか」と疑問に思われる方もいるかもしれませんが、なんとそれには理由があります。
端的に言ってしまうと、いわゆる現実逃避というやつ……まあこの問も、俺の前に現在形で立ち塞がっている「現実」の一つではあるのだが。
「……」
さて、現在の状況を説明しましょう。
雨仕様のデートプランとして御帳さんの家にお邪魔することに(否応なく)なったわけだが、しかし日曜の昼ともなると、「家に誰もいない」なんてことは割と珍しい。
御帳さんのご両親と対面し(ちなみに御帳さんは一人っ子らしく、兄弟はいなかった)、軽い挨拶を交わすこととなった。
これについては、何と言うか……「家に二人きりだった場合の気まずさ」に比べればマシだと、無理矢理にでもポジティブに捉えてみることによって凌いだ。メンタルは既に瀕死だが。
そこからは、喫茶店から家まで歩く間にも雨に濡れてしまっていたので、「風邪を引いてもいけませんし、シャワー浴びますか?」というご厚意に甘えさせてもらったりして。
謹んで遠慮すべきかとも思いはしたが、「盛大に濡れたままで人の家に入る」よりはマシだと、無理矢理にでも以下略。
俺が風呂場から出た後は、同じく濡れていた御帳さんが「じゃあ次は私が」と言って、入れ違いにシャワーを浴びに行く。
──はい、ここで問題が起きます。
なんと俺は現在、御帳さんの父親と二人きりでリビングに取り残されてしまった形になるのです。ちなみに御帳さんの母親は、俺の脱いだ服を干した後は台所に向かってしまった。
え、何これ。
こんな気まずい状況、他にありますか?
何か話した方がいいのか? いや、軽く見積もっても二十は年上な初対面の相手と、いきなり何を話せと?
さっきから互いに、一切言葉を発してないんだが……向こうは新聞に目を落としてるけど、俺は何をしてればいいんだ。
「……君は、自分の意志でこの家に来たのか?」
は、はい?
狼狽えていると、父親さんが(何だこの呼称)唐突に沈黙を破った。風貌通り、やたらと渋くて格好良い声だ。
じゃなくて。
「えっと……どういう意味でしょう?」
自分の意志でここに来たのか、と聞こえたけれど……それが俺の聞き間違いでなければ、その問には肯定を返すことになる。俺がここに来たのは御帳さんの「提案」を断れないからで、実際に一応は断ってみたのだから。
でも、そういう意図の質問ってことはないだろう。今の俺が意志にそぐわない行動を強いられていることは、他の人には知りようもないはずで──って、待て。
誰に話しても信じてもらえないであろう理不尽な非現実に満ちた、俺と御帳珠洲さんの「これまで」ではあるけれど。
この人は、御帳さんの父親なのだから──あのことについても、何か知っている可能性はあるんじゃないか?
そんな俺の内心を見透かしているかのように、父親さんは薄く笑って続けた。
俺が最も求めていると言っても過言ではない、その台詞を。
「さっきからの君の様子を見て、確信したよ──君は、珠洲の言うことを断れないんじゃないかな? これは勿論、『尻に敷かれている』という意味ではなく、ね」
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