choice.29 選ぶために・2日目(1)

「……雨、止んでくれそうにないですね」

「……だね」


 隣に座る少女が、ぼんやりと窓の外を見て溜息を零す。


 どんより灰色に染まった空には、光が差し込む気配もない。音楽(たぶんクラシック)が流されているため音は聴こえないけれど、窓には数多あまたの水滴が強く打ち付けていた。


 スマホで予報を確認するまでもなく、空が青を取り戻すことはしばらく無さそうだった。いや、ひょっとしたら、その頃には空は琥珀色になってしまっているかもしれない。


「デートを今日にしたのは、失敗でしたかね……砺波さんに『日曜日のテーマパークは混む。まだ土曜の方がマシ』と言われたときに、譲るべきではなかったのでしょうか」


 少女──御帳さんが独り言っぽく呟いて、目の前に置いたコーヒーを口に運ぶ。ミルクと砂糖をたっぷり入れるところを見ていただけに、渋い顔で飲んでいるのが妙に面白い。まあ、表情が険しい理由はコーヒーじゃないんだけれど。


 そりゃ、約束していたデートの日がこんな天気じゃあ、文句の一つも言いたくなって当然だろう。駅に合流して早々、「考えていたデートプランが、全て雨で流れてしまいました」と項垂うなだれていたくらいだし。

 雨宿りをしつつ今後の方針を練ろうということで近くにあった喫茶店に入り、今に至るというわけである。


 つーかデートの順番、そんな理由だったんだ。いや、そこに深い理由とかがあられても困るんだけどね。


 ということは、御帳さんの計画していたプランニングしていた行き先は、曜日で混雑具合が変わるような場所ではなかったということなのだろうか? まあどのみち、天気の影響を受けないデート場所って、なかなか無い気がする。


「でも天気については、もうどうしようもないからな……何なら今日はここでお開きにして、また日を改めてってことにでもするか? どうしても今日じゃなきゃいけない理由も特に無いだろうし、次の週末にでも」


 目の前でこうも落ち込んでいるところを見せられると不憫に思えてくるし、俺はそう提案してみた。

 このくらいの譲歩はあってしかるべきだと思うし、きっと封伽も目くじらを立てたりしないだろう。


 ──砺波封伽。

 ──昨日、俺のことを好きだと言ってくれた幼馴染。


 ……思い出すと、なんか恥ずかしくなってきた。

 あー、いや、今は考えない方向で。ほら、デート中に他の女の子のことを考えるのはマナー違反って言うし、一応ね。


(というか、それを言ってしまえば、俺は御帳さんからも「好きだ」とは言われてるんだよな……)


 思い返すまでもなく、俺が人生で初めて告白を受けた相手こそが、この御帳珠洲さんだった。この短期間で、俺は二人の美少女から愛を告げられたわけである……何これ、モテ期?


 それこそ最初に告白されたときには、嬉しさとか照れといった感慨も少なからずあったんだよ。すぐに消し飛ばされて、とうとう戻ってこなかったけど。


「……本来なら、その提案を断る理由も無いんですけどね」


 御帳さんが、ゆるゆると首を横に振る。「デートの順延には賛成だが、そういうわけにもいかない」という態度だ。


「このデートの目的は『私達三人の関係性をキッパリさせるため』でしたよね? そして、あまり時間を掛け過ぎるべきじゃないということで、この日取りにしたんです」

「それは、確かにそうだけど」


 確かに、俺は二人にそう言った。それが俺の本心だったし、その気持ちは今だって変わっていない。封伽も御帳さんも、願っていることは同じだとも思う。

 日程を遅らせるということは、結論を先延ばしにするということ──それは、あまり望ましくはない選択だ。


 しかし、だったらどうするというのだろう。雨の中でも、このままデートを決行するのか?


「そうしましょう。天気が悪いからといって、何もできなくなってしまうわけではありません──むしろ、この状況を逆手に取るくらいの気概で挑みたいところです」

「そのポジティブさは見習いたいけど……」


 空元気にしても、立ち直りが早い。このくらい簡単に天気が回復してくれれば、それで解決なのだけれど……残念ながら今のところ、それは望めそうにない。


「というわけで、」と御帳さんが口を開く。


「話しているうちに思い付いた、新しいデートプランがあるんですけれど……聞いてもらえますか?」


 ……なぜだろう。嫌な予感がした。


 いや、これ予感じゃないな。ほとんど確信だよ。

 赤らんだ頬とか上擦った声とか、御帳さんのちょっと気恥ずかしそうな態度が、俺の脳にモロでそう告げている。


「聞いてもらえますか?」と訊かれると、「できることなら聞きたくない」と答えたい。

 だが、それだと話が進まないし、前向きにプランを考えてくれた御帳さんにも悪いし……そもそも、断れるんだろうか?


 これまでの経験からして、ここで「聞かない」って言ってみたところで、同じ質問が繰り返されるだけな気がする。

 でもって、その提案されたプランを断ることもまた、俺にはできない気がする。


 封伽の『茶番選択肢』は俺の考えすぎだったと判明したわけだけれども、御帳さんのタイムリープは違うだろうし。


 ……まあ、とりあえずはダメ元で試してみるか。


「ちょっと今は聞きたくないです」


「──話しているうちに思い付いた、新しいデートプランがあるんですけれど……聞いてもらえますか?」

「しばらくはこの喫茶店で雨が止むのを待ちますか」


「──話しているうちに思い付いた、新しいデートプランがあるんですけれど……聞いてもらえますか?」

「……何かな? 御帳さん」


 二回で折れた。無駄な足掻きだったね。


「あの、こういう提案をするのは恥ずかしいんですけれど……」


 大丈夫。たとえどんな内容だったとしても、俺が御帳さんの提案を断るなんてことはないよ。最終的には(ここ重要)!


「……ここからすぐのところにある、私の家に来ませんか?」

「……はい?」


 あー、はいはい、なるほど……えっと?

 え、いや、付き合ってるってわけでもないんだし(のはず。デートの提案をしたとき、二人とは暫定的に交際関係を解消した)、それはマズいっていうか、流石にちょっと──


 予想の遥か斜め上を行っていた提案に狼狽えるしかできない俺に、御帳さんは言った。


「……ここからすぐのところにある、私の家に来ませんか?」


 ……うん、知ってた知ってた。どうせこうなるよね。

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