choice.28 選ぶために・1日目(4)

 そりゃあ俺だって、別に封伽の道徳心を疑って、そんな疑問を口に出しているわけじゃない。封伽が優しいことは、幼馴染としてちゃんと分かっているつもりだ。


 そういう話じゃなくって──「封伽が一度は俺に振られたと認識していること」、そのことが持つ意味が問題なのだ。


 そもそも俺はあの『告白』について、どう考えていた?


 頑なに俺の「拒否権」を否定し、交際を迫る封伽。その不条理さに、御帳珠洲の存在を思い浮かべていたのだった。

 御帳さんからの告白のときに起こった非現実のように、封伽の身にも何か厄介な異常が起こっているのかもしれない、なんて考えて。


 だって御帳さんはおそらく、「俺に振られた」という認識は持っていない。俺が首を縦に振るまで同じ時間が繰り返されていたことは、世界で俺しか認知していないことなのだ。

 元来タイムリープとはそういう現象だ。彼女にとっては「告白して、受諾された」という過去になっているに違いない。


 だから、封伽もきっと同じだと思っていた。一度は俺に断られたことは覚えていないか、あの強制的な告白を当然のものとして受け止めていると、思っていた。


 ──俺の日常は、既に非日常に侵されているから。

 ──だから仕方ないと、諦めるしかない。


 ……俺はずっと、そう思い込んでいただけだったのか?


 脳裏に蘇るのは、屋上で交わした瑞浪さんとのやり取り。


『──よう思い返してみ? ウチ、『君らのことが噂になってる』とか、一度たりとも言うてへんから』


 あのときと現状いまとで、重なるものがある。

 勝手な思い込みを抱いて、掌の上で弄ばれた苦い記憶。


 とはいえ、あれが思考を誘導されての結果(怖い響きだ)だったのに対して、今回のは自分の手落ちでしかないのだが。


 とにかく、封伽が「異常」に巻き込まれているなんてのは俺の勘違いだったというわけだ……拍子抜けを通り越して、間抜けなオチだけれど。


 ……いや、でも、封伽の件が実際どうだったとしても、御帳さんが「異常」の渦中にいるって事実は揺るぎようがないよな? 屋上での一件があるんだから。


「──ねぇ、ちょっと?」

「え……ああ、悪い」


 肩を揺すられる感覚で、俺の意識が現実に帰ってくる。底なし沼のような濁りへと沈んでいた思考から浮上する感覚。


 見れば、観覧車は既に終点まで辿り着いていた。扉も既に開けられていて、籠の外へと出ようと手を引く封伽が、怪訝そうに俺の顔を見つめている。


 どうやら思考の深みに嵌まって、周りが見えてなかったらしい。観覧車の終わりが近いのは分かってたのに、そのことすら意識から離れてしまっていたようだ。


 って……あ、やばい。告白とキスをされたばかりなせいか、こんなに顔が近付けられると、妙な気恥ずかしさが──って、そんなこと言ってる場合でもないんだよ。


 俺は思考と邪念とを振り払って、籠を降りた。これが最後のアトラクションだから、後は帰るだけだ。デートも終わり。


「告白への返事とかは、また今度でいいから。今すぐになんて求めてないし……明日は、御帳さんとデートなんでしょ?」


 テーマパークの出口へと歩みを進めながら、封伽が言う。


 その言葉に、ちょっと安心している自分がいた。もしも「御帳さんなんてどうでもいいから、今すぐアタシを選んでよ!」とか言われてたら、どうしていいか分からなかったし。

 ……「そのとき、俺は封伽の手を取ったのだろうか?」なんて思考にも、きっと意味はない。


 結局、全ての答えを出すのは明日が終わってからだ。

 封伽の想い、御帳さんの想いを受け止めて──俺が、選ぶ。


 と、そこで封伽が足を止めて、俺にゆるゆると向き直る。

 やけに顔を赤くした封伽が、口をもごもごさせた。


「まあ、アタシも急に、その……キスとかしちゃったわけだし、ぼーっとしちゃうのも仕方ないのかもしんないけど」


 観覧車でのことか。

 いや、最後ぼーっとしてたのは、それとは違う理由だけど……しかし説明するのも一苦労なので、黙って聞いておこう。


「でも……あそこでぼーっとするのは、やめてよね」

「ああ、そうだな」


 ごもっともな注意だ。そりゃ、あんなとこに留まるのはスタッフだったり他のお客さんだったりの迷惑になるし。いくら閉園間際で人も減ってるからって、よろしい行為じゃない。


 ──と納得したのだが、違った。まあ確かに、それだけの話なら封伽のこの態度に説明が付かない。


 封伽はその注意の後に、声を潜めてこう続けた。


「年頃の男女が観覧車から出てきたときに、顔を真っ赤にしてぼーっとしてたら……中でしてたみたいじゃない……」


 ……はい?

 一瞬、何を言われたのか分かりませんでしたが。


「そういうこと」って?

 キス……は、実際にやったことだから違う。口振りからして、封伽が言ってるのはそれ以上の行為……っていうと、つまりは男女の──いや、いやいやいやいや。


 いくらなんでも、それは考えすぎというか。

 けれど、封伽に冗談を言っている雰囲気はない。


 うーん。「服が乱れてる」「息が上がってる」「匂いが」とかならともかく、顔が赤いだけのことで、そんな邪推をする人もいないだろうに……豊かな想像力というか何というか。


(封伽、いつの間にか脳内ピンクになってたんだな……)


 俺は幼馴染ふうかのことを全然分かっていなかったのだと、ついさっき認識したばかりなのに、その事実を再び突き付けられたみたいな気がした。


 幼馴染が相手でも、まだまだ知らないことだらけだな。

 それを知れたという意味で、今日のデートは成功だったといえるのかもしれない。うんうん。


 ──いやコレ、そんな良い話っぽくまとめていいのか?

 かと言って、深く追及するべきことでもないよなあ……。


 結局俺は封伽を軽くなだめるだけに留めて、再び歩き出した。幼馴染の健やかな成長については、まああれだ、微笑ましいと思うことにしようじゃないか。


 そうして、俺が『選ぶ』ためのデート、その砺波封伽との一日目はつつがなく終了した。

 ……帰り道が気まずい。


―――――――――――――


伏線回収も挟みつつ、「封伽デート篇」これにて閉幕です。

ストーリー進行と文字数の都合で、デートの具体的な描写ができなかった……


次回(一ヶ月後)は「御帳さんデート篇」です。あっちはあっちでシナリオ渋滞だから、甘々な描写とかあんまり入れられない気が……


あと残り(たぶん。予定は未定でしばしば変更あり)2、3回の更新です。月1とかいうアレな進行ですが、ここまで読んでくださった方々、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る