choice.25 選ぶために・1日目(1)

「──こうしてると、なんだか昔に戻ったみたい」


 繋いだ手の先にいる彼女が、ぼそっと呟いた。

 それはさながら、「口に出すつもりはなかったのに、思わず本音が零れちゃった」って感じの声音だった。


 その言葉に反応して、俺は彼女に視線を向ける──だが、言ってから恥ずかしくなってしまったのか、少女は既にそっぽを向いていた。これじゃ顔色は伺えない。


 でも、なんとなく想像は付く気がする。きっと照れを誤魔化すために、わざと顔をしかめてるとか、そんな感じのはずだ。



 ──あの決意と約束から数日が経って、ついに土曜日。二人の少女とデート(?)をする週末の、一日目がやってきた。


 今日の相手は、砺波封伽。

 御帳さんとは明日会う約束をしている。ちなみに順番を決めたのは彼女たちなので、どんな経緯があったのかは知らない。


 ちなみに今日も明日も、行き先は彼女たちに一任してある。

 封伽が提案したのは、電車で片道一時間ほどの所にある大型テーマパーク。朝早くから最寄りの駅に集合した俺たちは、開園と同時に入園した(これも封伽の提案)。


 そりゃあ朝早くに来れば混雑はかなりマシで、長い行列に並んで順番を待たされるストレスは無くなる。

 しかし、だからって立て続けにアトラクションに乗る必要はないと思うんだ……でも、「次はあれ! ほら早く!」と笑って俺の手を引く封伽の姿を見ると、仕方ないなと思えてきて。

 結局はパークが混雑してくる昼頃まで、二人で散々遊び回ることになったのだった。


 さすがに疲れた俺が訴えた限界が「だらしないわね……まあ良いわ。お昼にしましょ」と渋々ながらも封伽に受理されて、今に至る。パークの片隅、白いベンチに並んで座る今に。


 そこで封伽がぽつりと漏らしたのが、冒頭の一言だった。


 ──このテーマパークは俺たちの思い出の場所だと、まあ言えないこともない。

 昔、俺と封伽は家族ぐるみでここに来たことがあるのだ……まあ記憶があんまり残ってないせいで、言い方が曖昧だけど。

 確か、封伽の母親も俺の父さんも亡くなる前だったか? そのくらい前のことだから、覚えてなくても仕方ないか。


 たぶん封伽も、そんなにちゃんとは覚えてないと思う。

 でもきっと、この場所を選んだ意図はそこにあるのだろう。


 確かに、「昔に戻ったみたい」というのも分かる気がする。


 そりゃあ状況としては当時と全然違うんだけど(年単位の時間が過ぎれば見える景色も変わるし、あの頃はまだ幼かったから二人切りになることなんてなかったし)、なんとなく──そう、穏やかに時間が流れていく様とか、不思議と懐かしい。

 このベンチだけが世界から切り取られたみたいに、パークの喧騒も、やけに遠くの出来事に思えてくる。


 ……そういえば、あのときも俺たちは、こうして手を繋いでいたような気がしなくもない。

 アトラクションを乗り回すにあたって自然と握られて引かれた手は、離すタイミングを失ったのか、まだ握られたままだ。


 正直、かなり固く握られているせいで、手首が少し痛くなってきているんだけど……まあ、それは言わない方がいいのか。

 デートまがいの行為への緊張で力が入りすぎてる、ってことなんだろう……いやいや。なら、離せばいいだろ。別にフラフラとどこかに行ったりする年齡じゃないんだから。

 ……でもこの痛みも、やっぱり不思議と嫌じゃない。


 封伽の言っている「昔」は、前ここに来たときの幼い記憶。

 だけど、俺がここで思い返していたのは、それとは異なる記憶だった。


 ──封伽に嫌われる前の、仲が良かった頃の思い出たち。

 肌をくすぐる風が連れてくるのは、あの頃の匂いだった。


 とはいえ、微妙にすれ違ってはいても、今を流れるこの空気にかつての日々を愛おしむ気持ちは、二人の中で重なるから。


 だから俺は封伽に、「そうだな」と応えた。

 封伽が頬を染めながら、「でしょ?」とにやける。



 俺が御帳さんに付き合うことになったと知ったとき、なんだかんだと理屈を付けて、ぶっきらぼうに心配してくれた封伽。

 どうして俺を嫌うようになったのか、その理由は分からないままだけど……空回り気味でも、そんな俺を案じてくれる優しさは昔みたいに温かくて。


 このデートは彼女にとって、どんな意味を持つのだろう?


 封伽の望みは、最初から「俺と御帳さんが別れること」だったはずだ。そう仕向けるために、俺と付き合うなんて言い出したり、御帳さんを煽ったりもしたのだから(空回りだけど)。


 ……でも、もしかしたら。この穏やかな時間は。

 封伽がその望みの陰、心の片隅で──俺と昔みたいな関係に戻りたいと願ってくれているからだったら嬉しいなと、思う。


「──じゃあ休憩したし、また遊んで回るわけだけど……ここからは、アンタがエスコートしなさい!」


 封伽がベンチから立ち上がって、強く言い放つ。

 こいつには遊び疲れるって概念が無いのか? せっかく来たんだから満喫したいって気持ちは分かるけどさ。


 ふむ……しかし、期せずして主導権を得てしまった。てっきり午後も振り回され続けるものだとばかり。


「そっか。じゃあ、まだ行ってなくて、比較的空いてそうなところ……お化け屋敷とかどうだ?」

「不合格。アンタにプランニングは早かったみたいね」


 切り捨てが早くて容赦ないっすね。

 単に封伽が怖いの苦手なだけだろ……まあ、知ってて言ったんだが。冗談のつもりで。


 けれど、封伽は「は?」と首を傾げる。「私、別に怖いのとか平気だけど?」と言いたげな態度だ。

 いや、昔は怪談とか聴くたびに震えてばっかで、隣りにいた俺に抱き着いてきたりしてたろ。怖くて眠れないなら話し相手になって、って窓越しに言ってきたりもしたし。


「そんなことしてないわよ──って、あ、ああ……」


 即座に否定を口にする封伽だったが、しかしその語尾は急速に弱まっていった。何かに思い当たったように。

 そして、顔が急速に真っ赤になっていく。繋いだままの手から、その熱が生の感触として伝わってきた。


「──良いわね、お化け屋敷! さっさと行きましょ!」


 羞恥を振り払って誤魔化すように、封伽が大きな声を上げて俺の手を引き、歩き出す。というか、正しくは「俺に問いを投げる暇を与えないように」だろうか。


(……結局、封伽が相手だと、俺は手を引かれる側なのかね)


 この分だと、お化け屋敷を出た後も、何事もなかったかのように主導権は返ってこないかもしれない。そんな気がする。


 流されるのではなく、自分で決めて動く──そう決めたばかりなのに、なんだか情けない。


 だけど、封伽と過ごす和やかな時間は楽しくて。

 それでも不思議と、悪い気分じゃなかった。

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