choice.24 選択肢は作るもの(4)

 瑞浪さんとは、まるで数時間くらい話し込んでたみたいな気がするけれど、実際はたったの5分しか経っていなかった。


 その錯覚の理由は単純だ。この短時間で、「俺」という人間の駄目なところを散々見せ付けられたからだろう。全てを見透かされたような、刃のごとく鋭く厳しい言葉で。


 考えるまでもなく、あれは彼女の本音だった。瑞浪さんのことをよく知っているとは言えなくても、それくらい分かる。


 嘘偽りも誤魔化しも、何より容赦のなかった言葉に、傷付かなかったといえば嘘になる。


 俺は確かに、『優柔不断』だった。

 誰かを嫌うことも愛することもなく、ただ『選ばない』という選択を繰り返してきただけだった。


 その事実を突き付けられて──だけど、思う。

 ──瑞浪さんの真意は他にあるのだと、信じてしまう。

 ただの悪意から生まれ落ちた台詞じゃないのだと。


 そう、例えば……彼女が俺に与えたのは迂遠なアドバイスだったんじゃないか、とかそんな想像。


 ──君がずっと、君の意志で動いてないから。

 ──今の君って、その点で見れば『自由』なんやない?


 言葉の裏側にある、『自分で選べ』と『自分で考えろ』。


 与えられた答えにも選択肢にも頼らずに、振り回されずに。

 自分の道は、自分の手で拓けという想い。


 それは叱責であり拒絶であり──助言なのかもしれない。

 直接的にそう言わなかったのも、「自分で考えて、意図に気付け」という意味だったと解釈すれば筋は通る。


 ──選択肢は、与えられた中から選ぶものじゃない。

 ──


 だったら、俺は変わっていかなくちゃいけない。

 ここからは俺の意志で動いて、この事態を終わらせよう。


 ……ひょっとしなくても、ここで御帳さんの悪意を疑おうとしないのは、彼女のいうところの『優柔不断』だよな。

 そのことは、今となってはハッキリと自覚できる。


 でも、「変わっていかなくちゃ」なんて言葉を唱えておいて舌の根も乾かぬうちに、って感じだけど……変わらなくていいことも、きっとあるのだと思う。

 それはただの「甘さ」かもしれないけれど、とりあえず捨てる必要はないと思えるものだから。


 そして──


「封伽、御帳さん」


 そして俺は、一つの覚悟を胸に宿して口を開いた。


 声を向ける先は、物陰に身を潜める二人。さっきから会話をずっと見ていて、瑞浪さんが去った後も登場しにくそうに様子を窺っている、砺波封伽と御帳珠洲だ。


 たぶん内容は聞こえてないはずだけれど、おおよその雰囲気は伝わっていたのかもしれなかった。俺が瑞浪さんの言葉に対して何も言えなくなった、気まずくて重い空気とか。

 呼び掛けても姿を見せなかったのは、だからかもしれない。


 いや、もしかしてバレてないと思ってるのか?

 さすがにそれはないと思うから、んー……あ、覗いてたこと、咎められると思ってるとか?

 そんな子どもみたいな……とも思ったけど、よく考えたら二人とも、そういうところはあるかもしれない。特に封伽。

 だったら最初から盗み聞きなんてするな、とも思うけどね。


「二人に、提案……というか、お願いがある」


 でも、そこに彼女たちがいるのは確かだから。

 少し大きな声を出せば、それはきっと届くはずだから。


 俺はこの決意が鈍らないうちに、その話を切り出す。


「……なんですか」


 俺の声から神妙さを感じ取ってくれたのか、御帳さんが物陰から出て来た。いかにも毅然とした態度を装ってはいるけど、顔は真っ赤。はしたないことをした自覚はあるみたいだった。


「……何よ」


 反対方向から、同じように封伽も顔を見せる。ぶっきらぼうな態度を取っているのは、自分のやったことに触れられたくないからかもしれない。


 とりあえずは、俺の話を聞いてくれるつもりらしい。

 そのことにまずは満足して、俺は告げた。


「────」



 家に帰って、そのままベッドに倒れ込む。


 今日は朝から放課後まで、色々とありすぎて疲れた。

 よく考えたら、二人と付き合うことになったのだって、まだ昨日の出来事なのに。


 けれど──本当の物語は、ここから始まるんだ。

 俺の意志で、俺が、この先を選択する。


「……なんてな」


 そんな大袈裟な物じゃない。これは、無理にでも自分のテンションを高めて、怯む気持ちを振り払うためのポーズだった。


 と、そこで携帯が鳴る。新着メッセージが一件。

 差出人は、確認するまでもないけれど、瑞浪緋色。


『頑張ったみたいやね』


 ……はあ。

 その短い一文に、俺は溜息を溢した。


『今度の週末、するんやろ?』


 本当、どこまで見抜いてるんだろうか、この人は。

 呆れている間にも、通知音は鳴り止まない。


『一番シンプルな解決法は、君が二人を振ること』

『でも、それは既に失敗してるから棄却するしかない』

『そもそも、二人と向き合ってるとは言いがたい道やしね』


『なら次に考えるのは、二人とちゃんと向き合う方法』

『頭ごなしに拒否するんやなく、落ち着いて考えてみること』

『珠洲ちゃんの恋心と、砺波さんの恋心と……じゃなかった、親切心、同情心なんやったっけ? 本人と君が言うには』


『けど考えてみるにあたって、情報が足りないのも事実』

『そもそも君と珠洲ちゃん、大した接点はなかったしな』


『だから、デート。互いを知って、これからを考えるための』

『あ、君はデートって言葉は使ってなかったっけ?』

『ただ、この提案やと砺波さんは反発する。自分の知らんとこで、君と珠洲ちゃんの関係が進むかもしれんからね』

『そのために、二人それぞれとデート。珠洲ちゃんと砺波さんとで条件を揃えれば、砺波さんも強く反発はせんから』


『長く時間を掛けるべきじゃないから、日時は直近の週末』


『ついでに、二人に別の約束も取り付けた』

『逆に週末まで、平日の学校では普通にして過ごそうって』

『噂云々の話は、そうやってカバーしたってとこやろ?』


『まあ多少の粗さはあるけど、おおよそ最適解なんちゃう?』

『やればできるやん』


 通知はそこで、一旦途絶えた。


「……どこまで行っても、瑞浪さんには勝てそうにないな」


 流れてくる文字を目で追い終えて、俺は独りごちる。

 何の勝負か分からないし、そもそも挑む気にならないけど。


 なんて思っていたら、また新着のメッセージが。


『ウチは何もしとらんよ。考えたんも選んだんも、君やで』

『ここからどうするかも、君次第やしね?』


 ……そっか。

 だったら、そういうことにしておこう。


『ありがとう』


 その五文字だけ打ち返して、俺はスマホを手放した。


──────────────────────────

今回、ストーリーの都合で文字数が少ない! ごめんなさい!


そして今後の話を少しだけ。

「俺」が覚悟を決めたこともあって、本編はかなり佳境に差し掛かっています!

あと3、4回(たぶん)で完結(たぶん)です! たぶん!


封伽の話だったり御帳さんの話だったりに、ようやく本格的に入っていきます!

お付き合いいただければ幸いです。それではまた!

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