choice.23 選択肢は作るもの(3)

「──君、ずっと『優柔不断』なだけやんな?」

「────」


 突き付けられたその言葉に、俺は押し黙るしかなかった。


 さっき認めたように、確かに俺は御帳珠洲、砺波封伽、瑞浪緋色の三人のことを嫌ってはいない。

 だけど、たったそれだけのことから「ずっと優柔不断」なんて不名誉な称号を結論付けるのは、かなり無理がある。


 だから、反論しようと思えばいくらでもできたはずだった。

 けど、そう断じる瑞浪さんの口調はやけに強くて。


 俺は雰囲気に押し負けて、口をつぐむしかできない。


 そんな俺を見て瑞浪さんは、もうさっきみたいな躊躇を見せることなく、堰を切ったように続きを語り始めた。



「もちろんウチも、単に『三人を嫌ってないから』ってだけの理由で言うてるわけやないよ。

 それだけやったら、ただの度を越したお人好しかもなって思えるし。生きるんに不自由しそうなレベルやけど。


 ──君がずっと、

 ウチが言いたいんは、『ここまでずっと、君って何も選んでないやん?』ってこと。


 君にとっては『選ばせてもらえなかった』が正しいんやろうし、それはそれで、ウチもその通りやと思うんやけどね。

 時間が巻き戻ったり、発言を捻じ伏せられたり、最初から行動を誘導されてたり──あはは、最後のはウチやから、あんまり言えた義理やないけど。


 ただ、今はどう? 今まさに、この瞬間は。

 事態の打開のために行動しようとしている、今の君は?


 ──今の君って、その点で見れば『自由』なんやない?

 形だけの選択肢に縛られることもなく、他ならぬ自分の意志で、自分のために動ける場面になったんやない?


 で……そこで、それやのにウチに相談してくるのが不思議なんよ。さっき言った『ウチのことを嫌ってるか』って話とは、また別の問題で。

 せっかく自由に動けるのに、わざわざ他律的になる意味ってあるんかなって。


 ただまあ、最初はそれも仕方ないんかなとは思ったんよ。

『選べない』ことに慣れたというか……諦め、無気力? とにかくそのせいで、自然と思考がそっちに傾いてるとかかなって。


 でも、ここまで話した色々を総合して考えてみたらさ──君は『選ばせてもらえない』以前に『選んでない』んやないかって、そんな気もしてくる。


 だって、流れるまま流されるのは楽やん? 自分の行動に責任とか負わんでいいし、自分の頭で考える必要もないから。


 例えばウチがここで『こうすればええんちゃう?』って提案したとして、君はその通りにする?

 よっぽどのことがない限り、君はそう動くと思うんよ。


 けど、そんな相手に言えることなんか、あるわけないやん。

 それ、上手くいかんかったときにウチのせいにされる流れやし……君がそんなこと言い出すかはともかく、ウチとしては嫌」



 ──と、瑞浪さんはそこで口を閉ざした。言いたいことはこれで全て言い切った、ということらしい。


 瑞浪さんの視線が、射抜くように俺に向けられる。

 俺は、まだ、何も言葉を返せないままでいた。


 言われたことが正しいと思ったわけじゃない。

 ……だけど、反論は思い浮かばなかった。


 そして気付く。

 反論が思い付かないのは、心のどこかで分かっているから。

 頭では否定しても、心が理解してしまっているから。


 俺が『選んで』こなかったこと。

 何より、俺が『向き合って』こなかったことを。


「……柄にもなく熱くなって、ちょっと言い過ぎてもうたな。我ながらあかんねえ、今度こそ君に嫌われてまうかな?」


 沈んだ空気に慌てたふうに、瑞浪さんが冗談めいた笑みを浮かべて、殊更に明るくそう言った。少しだけ空気が緩む。

 けれど直後に、ハッキリとこう付け加えた。


「でもウチ、言ったことを後悔も反省もするつもり、ないよ」


 それは束の間だけ弛緩した空気を、再び凍て付かせる一撃。


 ここでそう言えるのは凄いな、と思った。まるで現実逃避みたいな感慨だけれど、でも心からの称賛でもあって。

 ──『優柔不断』の対極に位置取る彼女に、憧れにも似た気持ちを覚えてしまったのは、どうしようもない事実だった。


「……喋りすぎたな。ウチ、一人で帰るわ」


 そんな俺の内心を見抜いているかは分からないけれど、瑞浪さんは目を伏せてそう言った。鞄の紐を肩に掛け直して、さよならの言葉も残さずに、階段の方へと足を向けた。


 その背中を追うことも、呼び止めることも、俺にはできるわけがなくて。

 振り返ることもなく小さくなっていく彼女の姿を、ただ黙って見送ることしかできない。


 ──。

 ────。

 ──────違う。


 ──俺はそのとき、一つの覚悟を決めた。

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