choice.22 選択肢は作るもの(2)

 俺から瑞浪さんに話した内容は、かなりシンプルだった。


 封伽と御帳さんの様子からして、俺たちの不安が的中する可能性がすこぶる高くなってしまっていること。

 だから、瑞浪さんの知恵を貸してほしいということ。


 だが、その用件を伝え終えたときの瑞浪さんの表情は、内容の単純さとは裏腹に曇っていた。

 というより、怪訝そうだったという表現が近いかも。


 ちょっと意外だ。俺はてっきり、瑞浪さんは俺の相談の内容なんて想定済みなのだと思っていたから。


「あ、いや。大体そんなとこかなとは思ってたんよ? 神妙な態度でウチを呼び出した時点で、それは察しが付いてた」

「じゃあ途中で打ち止めてくれよ。わざわざ最後まで話させる必要もなかっただろうが」


 余計な手間は省いていこうよ。

 というか勝手なイメージだけど、瑞浪さんって無駄な手間とか嫌がりそうなのに。


「それはその通りなんやけどね……」


 俺の言葉には肯定を返しつつ、しかし瑞浪さんは小首を傾げて、なんとも煮えきらない態度を見せる。何が言いたいんだ?


「まあ、そんな大した話でもないんやけど。単に、君がウチを頼ってきたのが、かなり意外やったってだけやから」

「は? 俺が相談してくるのは想定済みだったんじゃ……」


 さっき自分でそう言っていただろうに。

 というかそもそも、今の俺が頼れる相手なんて他にいないってことも、瑞浪さんは分かってるんじゃないのか? こんな事情を、俺がおいそれと吹聴するはずないし。


 そう指摘すると、瑞浪さんは「違うよ。君、ちゃんと話聞いてた?」と眉をひそめる。


「ウチが想定してたんは、『相談してくるとしたら、こういう内容やろうね』ってモノ。ウチが意外や言うてんのは、『君が相談してきたこと』自体。分かる?」

「……ああ」


 噛み砕かれて、理解した。昼休みみたいに、また俺の早とちりだったってことか……今回のは、瑞浪さんが狙ってやったわけじゃないだろうけど。


「でも、相談してくるのが意外だって、なんで?」

「むしろウチが、その質問に対して『なんで?』やけどね──君、自分が今どんなことをしてるか、ちゃんと自覚してる?」


 質問に質問で返された。けれど、その身にまとう風格の問題なのか、瑞浪さんがやると、そんな行為も不思議と様になる。はぐらかしている、という感じもないし。


 だけど俺には、その問への答えの持ち合わせはない。

 何をやっているのかと問われても、さっき述べた通りだとしか答えられそうにない。


 でも、そんな答えじゃ瑞浪さんは満足しないだろう。そもそも、不満があるから訊いてきているわけだし。

 瑞浪さんは、呆れを隠そうともせずに答え合わせを始めた。


「さっき君も認めてたことやけど、ウチ、つい数時間前に君を手玉に取ったばっかなんよ? ──普通に考えて、そんな相手に頼ろうと思う?」

「……いや、それは」

「頼るっていうか、関わろうと思うかな? 自分で言うのもなんやけど、君には嫌われて当然のことをしたって思っとるよ」


 ……自覚はあったのかよ。

 だったら最初から、そんなことしなきゃいいのに。


「それとこれとは話が別やん。ウチはウチで、そうしたい理由があったから行動した──だから、後悔も反省もしてないし」

「そこは嘘でも反省してるって言ってほしかったな……」


 かなり反応に困る。


 確かに嫌なことをされたとは思うし、あれが全く尾を引いていないといえば嘘になる。瑞浪さんへの苦手意識は、根深く植え付けられてしまった感じだ。


 でも、それはあくまでも苦手意識。敵愾心でもなければ、嫌悪でもない。

 まあ、勝手に対抗意識を持ったところで、俺じゃあ一生掛かっても勝てそうにない相手だからってのもあるんだろうが。


「そりゃウチも嫌われたいわけやないし、君が普通に接してくれるんなら、それで困ることもないんやけどさ──ただ、ちょっと不安に思うところもあるというか」

「不安?」


 そう語る瑞浪さんの言葉は、どこまでも穏やかだ。何気ない日常会話みたいに、落ち着いた口振り。

 だけど、浮かべる表情は別。かげりは晴れることなくそこに在り、その先を言うことを躊躇っているように思える。


 それはきっと、態度の方が彼女の本心なのだろう。口調の凪はたぶん、そうであることを自分自身に強いているからだ。


「……珠洲ちゃんと砺波さんのこと、どう思ってる?」

「え、どうって……昼も話したけど、この現状も含めて、面倒だっていうのが正直なところだよ」


 予想外の角度からの質問に、俺は戸惑いながらも答える。あの二人からのアプローチと、それが巻き起こしている事態は、どうしようもなく大きな頭痛の種だ。


 その答えに瑞浪さんは、表情を変えずに問を重ねた。


「──あの二人のこと、嫌い?」

「……別に、嫌いではないけど」


 質問の意図は分からないけど、その名状しがたい迫力に呑まれて、とりあえず俺は率直な思いを答えた。

 だが、瑞浪さんの問は止まらない。さながら詰問のようだ。


「君の意志を無視して、虐げて。君が望んでない方向に物語を動かして、君に頭を抱えさせる二人を──嫌って、ないの?」


 いや、「さながら」じゃない。これは詰問だった。


 ……確かに、そういう言い方もできるだろう。細かい事情を抜きにすれば、あの二人に俺が振り回されているのは事実だ。


 あの二人の行為に辟易して、あの二人の行動の結果に悩む。

 だけど、あの二人のことを嫌っているつもりはない。


 ──俺が言葉を返すよりも先に、瑞浪さんは口を開いた。


「君はウチを嫌ってないんじゃなくて、あの二人を嫌ってないんじゃなくて、誰のことも嫌ってない──嫌わないってことなんちゃうかな、って思うんよ」


 それは、決定的な一言。


「──君、ずっと『優柔不断』なだけやんな?」

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