choice.15 修羅場不可避!?(4)
「砺波さんは、大好きな幼馴染を私に取られたのが嫌だけど、かと言って想いを伝えるのも恥ずかしいから、ごちゃごちゃと無理矢理にでも理屈を付けて、一緒にいようとしてるってことですね?」
御帳さんは、自分の発言の内容については一切の疑念を抱いていないといった様子で、そう言い放った。
「困るけど強く否定するのも憚られる」というさっきの発言はつまり、御帳さんも同じ恋する乙女として、封伽の気持ちが理解できるということなのだろう。
実態はどうあれ。
まあ知っての通り、それは全くの的外れなわけで。言葉を選ばずに言ってしまえば、呆れて物も言えないというレベルだ。
というかその台詞を聞いたとき、俺は普通に「あ、これは封伽がメチャクチャ怒るな」と思った。
確かに、さっきの封伽の態度を客観的に見たらそういう解釈もできなくはないだろうし、御帳さんにそう受け取られても別に不思議ではないのだが……しかし、実際はそんなラブコメチックな甘いものじゃない。
ついさっきも「俺を愛している」という言い掛かりに対して激怒した封伽のことだ、きっと今回も断固として否定するのだろう。二度目なぶん、怒りはより膨らんでいるかもしれない。
「その怒りが御帳さんに向けられるとき、俺に飛び火してきたら嫌だな」と思う反面、「俺も一応は当事者なんだから、飛び火って形でも関わるべきなんじゃないか」という複雑な気分。
──そして、そんな砺波封伽の第一声はこうだった。
「──バ、バカじゃないの!?」
まあ、やっぱりなって感じだ。予想通り、声を荒げて頬を紅潮させて、子どもみたいに感情をむき出しにして怒り出す。
「あのねえ……さっきも言ったことけど、それでも分かんないっていうなら何度だって言ってやるわ! アタシは、こんな奴のこと好きじゃないの! というか、普通に嫌いなの! むしろ大っ嫌いなの! コイツが好きとか、冗談じゃないわ!」
まあ、そうだよな。封伽からすれば、俺のことが好きだなんて言いがかりを付けられて、たまったもんじゃないだろう。
……だが、俺にも幼馴染に指を差されて「大嫌い」と叫ばれれば傷付く心があるのだ、ということをお忘れなく。
「単純馬鹿だからすぐに騙されるし、くだらないことばっか考えててウザいし、あたしと身長ほとんど変わらないチビだし、たまに見てるだけでなんかイライラしてくるし!」
俺のことがどれだけ嫌いかを顕示するために、封伽が「俺の嫌いなところ」を列挙していく──そういえば、こうして詳しく聞いたことはなかったな。
訊いても「嫌いだから嫌いなのよ! 特に思い付かないとかじゃないから! ありすぎて言い尽くせないだけだから!」としか答えてくれなかったから。
ただ……今言われた後ろの二つについては、俺の意志じゃどうにもできないんだが。特に最後のやつ。
身長については、むしろ女子にしては封伽がちょっと高いんだよ。俺はわりと平均的……平均ちょい下だっての。
「そうかと思えば意外と頼れるとこもあるし、細かいとこで気を遣ってくれるし、料理とかしたらちゃんと褒めてくれるし、誰に対してもけっこう面倒見いいし!」
封伽は勢い任せに、俺の「嫌いなところ」を早口に捲し立てていき──
「──いや待て。というか落ち着け、むしろ褒めてるぞ」
「はぁ!? うるさいわよ! アンタのことが嫌いすぎておかしくなってるってだけでしょ!」
「……どんな理屈だよ」
「ああもう──とにかく!」
俺の指摘を、というか気分的には俺の存在ごとピシャリと遮断して、封伽はさっきみたいに、御帳さんにビシッと指を突き付けて言い放つ。
「アタシが、そんな奴を好きになるわけないでしょ!」
「……いやもう、何と言うか、見たら分かりますから。本人がいるところで認めるのが恥ずかしいという気持ちは痛いほど分かりましたから、あの、とりあえず落ち着いてください……見てるこっちが恥ずかしくなってきました」
対する御帳さんは、どうどうと両の手で封伽の勢いを抑えるような動きをしながら、俯きがちにそう呟いた。
何も分かってない人の台詞だった。或いは、自分の中で既に出た結論を覆そうとしない人の台詞だった。
どうやら御帳さんは、この封伽の弁明を聞いても意見を変えなかったどころか、より確信に近付いた感じらしい。
「見てるこっちが恥ずかしくなってきた」というのも本音らしく、封伽に負けず劣らず顔を赤らめていた。
「ごめんなさい。私も、本人の目の前で言うようなことではありませんでしたね……謝ります」
違うぞ、御帳さん。自分の非を認めて深々と頭を下げる姿勢は人間として立派だとは思うけど、封伽の機嫌が悪くなった理由はそこじゃないから。発言の状況じゃなくて、普通に内容についてだから。
「的外れな謝罪ほど人を怒らせるものはない」とは、一体誰の言葉だったか。格言というほどのものでもない気がするが、しかし真理を端的に表していると思う。
──すなわち、当然ながら封伽の怒りが鎮まるわけもない。
次の瞬間にはきっと、封伽はまたもや怒りを顕にして叫ぶことだろう。さて、果たして第一声は「何度言えば分かるの!」だろうか、それとも「バカなの!?」だろうか。「だから嫌いだって言ってるでしょ!」というパターンもあり得る。
だが、俺がその答えを確かめられる時はついぞ来なかった。真実は闇の中へと葬られ、さしずめ封伽のみぞ知るといったところ……そんな大それたものでもないが。
そうなった理由は簡単。封伽が何を言いかけていたにせよ、それを口にすることができなかったからだ。もっと露骨に言ってしまえば、封伽の発言が御帳さんに遮られたからだ。
御帳さん、意外と怖いもの知らずなのかもしれない。
「──もっとも、砺波さんはここでも否定するでしょうね」
「んぐ……」
静止されて、封伽の勢いが止まる。御帳さんの読みが当たっているだけに、より何も言い返せなくなってしまうのだ。
「というか正直、砺波さんが認めても認めなくても、私にとってはどちらでも構わないんです。どちらにしても、私の前にあなたが立ち塞がるつもりなら──私に、引き下がるつもりは少しもありませんから。少なくとも、彼から手酷く拒絶でもされない限りは」
ごめん、口を挟むべきじゃない気がしてたけど突っ込むよ? 「手酷く」でこそないけど、俺は拒絶しましたよ?
「だから、そうですね……砺波さんを諦めさせる。それが、今しばらくの私の目標、ということになるのでしょうか」
御帳さんはどこまでも強気に言い放つ。対照的に、真正面から宣戦布告を受けた封伽は軽く狼狽えてしまっていた。
だが封伽としても、そのままこの場での敗北を認めるわけにはいかない、らしい。
別に負けて失うものなんて俺くらいなんだから、意地になることもないと思うのだが……まあ、封伽って昔から負けず嫌いだったからなあ。
小さく深呼吸を一つ、心を強制的に落ち着けて、狼狽を胸の奥の深いところに隠す。表面上はそれらしく見えるように、いつもの封伽らしい勝気な表情と態度を取り繕って、御帳さんへの対抗心と意地を剥き出しにして、宣戦布告に応えた。
「べ、別にコイツが好きとかじゃないし、本当はどうだっていいけど! それでも、アタシだって負けないんだからっ!」
(負けないって……勝負なのか、コレ?)
そんな呆れを乗せて、俺は大きな溜息を溢した。
──駅に来るまでは、「俺の二股行為を御帳さんが糾弾し、封伽も調子に乗って余計なことを言い、火に油を注ぐ」という形の修羅場を想定していたんだが。
まさか、こんなことになるとは……想像していた展開とは大きく違うけれど、これはこれで修羅場と呼べるのかもしれない。
そんなわけで俺はなんと、御帳珠洲と砺波封伽、二人の美少女の「取り合い」の対象となってしまったのだった。
──俺の意志が一分たりとも介入することなく。
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今回はここまで、です。ちょっと字数が少ない(1万ちょい)ですが。次回の更新は大晦日? いや、年の最終日に読む内容かコレ……? ちょっと考えます。
ちなみに、今回は「茶番選択肢」が登場しませんでした。タイトル詐欺ですね……まあ、「主人公の意志が反映されない」という点ではいつも通りなんですけど。
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