choice.14 修羅場不可避!?(3)

「……まあ、断られても諦められないほどに愛してやまないという気持ちは、一人の恋する乙女として、そう理解できないものではありませんけれど」

「──は、はぁ!? アタシがコイツを愛してるとか、そんなわけないでしょ!? そ、そんなわけないから、絶対!」


 御帳さんの台詞を強く否定する形で、封伽が息を取り戻す。言葉や態度に持ち前の勝気さが戻ってきた。


 そりゃ、俺のことを蛇蝎だかつのごとく嫌っている封伽にとって、「俺を愛してやまない」なんて評価は最悪の侮辱でしかないだろう。失っていた勢いが帰って来るくらいには。


 ……自分で言ってて傷付くな。別に封伽に愛されたいってわけでもないけど、それでも顔を真っ赤にして声を荒げてまで怒ることはないんじゃないか、とか言いたくなる。

 それこそ、俺と封伽との確執を知らない人から見たら、「図星を指されて焦り、なんとか取り繕おうとしている」だなんて的外れな誤解を受けてしまいかねない態度だった。


 御帳さんがそれをどう受け取ったのかは分からないが、強気に言い放った封伽とは対照的に、御帳さんは落ち着き払った様子で、首を傾げながら端的に疑問符を浮かべる。


「え、好きではないんですか?」

「当たり前よ! こんな奴、好きになるわけないでしょ! コイツと付き合いたいとか、そんなことを言い出す奴の気が知れないわ!」


 俺に暴言を吐く気概があるのなら重畳、なのかもしれない。そこまで言わなくてもいいだろ、とは思うが。


「私はこの人のことが好きですけれどね」

「あっそう。御帳さんとは趣味が合いそうにないわね」

「そうですね、同感です──ところで、だったらどうして付き合おうなんて話になったんですか?」


 初対面時の良い雰囲気はどこへ行ったのやら。居心地の悪すぎる険悪な空気になった挙げ句、御帳さんが投げ掛けたのは、実にごもっとも過ぎる疑問だった。


「そ、それは……」


 そしてその問は、またもや封伽を追い詰める。


 御帳さんと封伽の二者で「明らかにこちらが上手」というほどの力量差もないと思うのだが、いかんせん状況が状況だ。封伽が劣勢になるのは当然のことだった。


 問に対して、正直に答えるならば「御帳さんが俺を騙して嵌めようとしているんじゃないかと疑っているから、その企みを暴くため」ということになるはずだ。

 だけど、それを直接本人に言えるのかという問題がある。


 だから封伽は逡巡した──だが、それもほんの一瞬。

 封伽は、何事も無かったかのように言葉を続けた。


「さ、さっきも言ったけど、コイツのことを好きになるような奴の気が知れないわけよ、アタシには。なのにコイツが女子から、それも御帳さんから告白されたっていうのよ? そんなの絶対に何か裏があるじゃない──そう、謂わばこれはただの慈善事業よ!」

「なるほど。なら安心して大丈夫ですよ。私は本気ですし、裏なんてありませんから。どうぞ引き下がってください」


 想像以上にバッサリだった。


 しかし、「どうぞ引き下がってください」と言われても、はいそうですかと引き下がらないのが砺波封伽。


 今のところ惨敗だが、不敵な笑みを作り直して、気を取り直して言い放つ。

 果たして挽回の目はあるのか、ここからの逆転勝利は可能なのか──待って、俺、当事者のわりにメチャクチャ蚊帳の外じゃない? なんで他人事みたいに実況してるの?


「ふっ、どうだかね。口では何とでも言えるわよ。幼馴染だからよーく知ってるけど、コイツは単純だしバカだしチョロいから、とにかく騙されやすいのよ!」


 だから、そこまで言う必要は無かろう?


「はあ、そうですか……というか、一つ言ってもいいですか?」

「何よ?」

「ざっと一億歩ほど譲って、私に何か良からぬ企みがあったとしますよ? ──それ、砺波さんに関係ありますか?」

「ごはっ!」


 やめてあげて。度重なる正論口撃(攻撃)で、封伽の精神はもう限界なんだよ。


 しかし、封伽はへこたれることなく、なおも立ち上がる。ひょっとしたらバカなのかもしれなかった。


「……関係、あるわよ」

「そうですか? こう言ってはなんですが……私の告白を受け入れてもらった時点で、既にあなたが介入する余地は無くなってしまったのではないかと思いますが」


 しつこいようだが大事なことなのでもう一度。

 俺としては、御帳さんの告白を受け入れた覚えはない。


「コイツはね、アタシの幼馴染なのよ」

「────」

「コイツがどんな目に遭っても、そりゃあアタシには直接的な関係はないし、実際どーでもいいと思ってるけどさ──でも、そんなのムカつくじゃん?」

「だから、そんな心配は不要ですと──ああ、いや……そういうことですか。なら納得ですね」

「そんなのは口じゃ何とでも言え──え?」


 ……あれ?

 今、何が起こった?


 起こったことだけを単純に言い表すと、封伽に対して「譲る気は無い」と徹底抗戦の構えを取っていた御帳さんが、急に態度を豹変させた、ということ。


 しかし、そうなった理由は全く分からない。

 うまく事態を呑み込むことができず、俺は困惑するしかなかった。そしてそれは、御帳さんと対峙している封伽も同じ。


 けれど、御帳さんは「納得です」と繰り返し頷いた後に、とうとう「まあ私としては困りますけど、そういうことなら強く否定するのも憚られてしまいますね」なんてことまで言い出すのだった。


 もはや困惑を通り越し、封伽の表情は怪訝なそれになる。そんな封伽に向かって御帳さんは、決定的な台詞を言い放った。

 冗談めかせた、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべて。


「要するに──砺波さんは、な幼馴染を私に取られたのが嫌だけど、かと言って想いを伝えるのも恥ずかしいから、ごちゃごちゃと無理矢理にでも理屈を付けて、一緒にいようとしてるってことですね?」

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