choice.13 修羅場不可避!?(2)
「それで──お二人はどうして一緒にいらしたんですか?」
このまま駅に着けば御帳さんからその質問をされることは、そりゃあ分かっていた。誰にだって予想できたことだ。
だから避けたかったわけだし、避けられないと悟ってからもこの修羅場を切り抜ける方法をずっと考えていた。
しかし、事態を予測できることは、事態に対処できることに必ずしも直結しない。
分かりやすく言えば「こうなることは分かってたし、どう対処すべきか考えてたけど、やっぱり思い付きませんでした」ということだった。
つーか思い付くわけないだろ。誰か知ってたら教えてくれ。
実際にこうして問われる段になっても、まだ必死に最適な返答を求めて思考を続けている最中だ──そんなものがあれば、という注釈付きだけれど。
そもそも「どうして」と訊かれると、返答に窮する他ない。
正直かつ端的に答えるなら「実は封伽とも一緒に登校する約束をしていまして」だが、それがマズいことは分かる。
そんなことをシラフで言って、溜息を溢したヒロインに「そういえばコイツはそういう奴だった」と諦められて、なおも首を傾げるラブコメ主人公ではないのだから。
……というか、もっと正直に言えば、俺には封伽と約束した覚えなんて無いしな。あれを「約束」とは言わない。
まあ、それは御帳さんに対しても言えることなんだけど。
だが、まさかいつまでもこのまま固まっているわけにもいかない。答えに詰まっている時間が長いと、メチャクチャ「疚しいことがある」感じになってしまう。
断じてそんなことはないんだ。この件に関して、俺に疚しいところは一つたりとも無い。俺に非は無いと、少なくとも俺は思っている。
ただし、それを客観的に証明する手段がないというだけで……いや、それで充分なのか。
しかし、だとしても黙っているわけにはいかない。状況を打開するために、自分の立場をより悪くしないために、何かを言わなければ──と、俺の思考回路が無為な螺旋を描き始めたあたりで、隣に立つ封伽が口を開いた。
「そんなの決まってるでしょ!」
いかにも封伽らしい、活力に満ちた勝気な声色。
正面の御帳さんにビシッと指を突き付け、挑戦的な瞳を向けるその姿は勇ましく、素直に格好いいなと思う。
……だが俺はこのとき、強引にでも封伽の口を塞ぐべきだったんだろう。
封伽はその態度を崩すことなく、堂々と言い放った。
言い放ちやがった。
「──アタシが、コイツの恋人だからよ!」
……ああ、今日は本当にいい天気だなあ。こんな日は嫌なことを何もかも忘れて、空だけ見上げて過ごしていたいなあ。
──はっ、駄目だ。あまりにも衝撃が大きすぎて、つい現実逃避してしまった。
帰って来い、俺。逃げても何も解決しないぞ。直視して解決するのかも保証はできないが。
今の俺がすべきなのは現実から目を逸らすことじゃない。一刻も早く、この暴走幼馴染を止めることだった。
宣戦布告のつもりなのか? あの不敵な笑みはもしかして、この台詞を言うつもりだったのか? とか突っ込みたいところは尽きないが、そんな場合でもない。
「封伽、お前何言ってんだ!」
「何って、ただの事実でしょ? 昨日アンタが御帳さんに告白されたって聞いて、アタシはアンタと付き合うことに決めた。どこか間違ってるところ、ある?」
「俺の意志が完全に無視されてるところは!?」
「……だから、拒否権なんてアンタにあるわけないでしょ」
だが、議論はことごとく平行線。封伽は俺の自由意志を認めず、俺もそんな封伽の採決を認められない。
互いが互いに主張を曲げない以上、辿る道筋は昨日の夕方のときとほとんど同じになってしまう。
いや、それでも昨日とは絶対的に違う点が一つ存在する──御帳珠洲。今この場には、御帳さんがいる。
その一点が、この不毛なやりとりの結末にどんな影響を及ぼすことになるのか。
御帳さんは、俺と封伽の口論(というほどでもない会話)を
「──つまり、こういうことですか? 昨日、私に告白された後に、砺波さんからも告白された。その申し出をキッパリ断ったのに、砺波さんからはなおもしつこく交際関係を結ぶことを強要されており、それで困っていると」
理解が早い。可愛いだけでなく、頭も相当に切れるようだ。
まあ、その言い方だと封伽が悪いみたいに聞こえてしまうから、素直に「その通りです」とは認めにくいけれど……この状況を客観的に見て端的に言い表すと、そうなっちゃいますね。
「うぐ……」
あ、封伽の勢いが目に見えて弱まった。無茶なことを言っている自覚はあったのか、それとも、否定したかったけど言葉がうまく出て来なかったのか。
だが、ここで封伽の勢いが弱まれば、御帳さんの優位はさらに盤石なものとなる。
「砺波さん。ちゃんと引き際を見極めて大人しく潔く引き下がるのも、『いい女』の条件の一つだそうですよ? まあ、この前読んだ本の受け売りでしかありませんが」
「ぬぐ……」
御帳さんは、それでも封伽を責め立てたりすることなく、優しく諭すように語りかける。
だが、それがかえって、封伽の中にある何かのゲージをぐんぐん磨り減らしていくようだった。あと少しダメージを受けたら、膝を地面についてガクッと倒れ込んでしまいそう。
でも、引き際とか潔さとか、御帳さんには言われたくないなって俺は思っちゃってるんだけどね。
俺、御帳さんの告白もちゃんとお断りしたはずだよ?
「……まあ、断られても諦められないほどに愛してやまないという気持ちは、一人の恋する乙女として、そう理解できないものではありませんけれど」
ちゃんと人間ができていると言うべきか、御帳さんは封伽の心を抉った後に、きちんとそんなフォローを入れた。まあ、ただの本音って可能性もあるけど。
だが、何にせよその言葉は色々とマズかった。
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