choice.12 修羅場不可避!?(1)

 そうか俺には拒否権が無いのか。なら仕方ないな、うん──と素直に割り切れたなら、あるいは楽なのかもしれない。


 いや、わりと冗談抜きで、こんな生活がいつまでも続けば、遠からず俺がそうなってしまう日が来てしまいかねないぞ。御帳さんの告白からまだ一日も経っていないのに、既にこの疲労感なのだから。

 不安すぎる。絶対に、そうはなりたくない。なりたくはないが……足掻いて避けられる未来なのか、それ?


 そんな将来が来ないことを祈りつつ、強気に言い放つ封伽に対して肩をすくめて溜息を溢すのが、俺にできるせめてもの抵抗だった。情けないとか言うな。


 まあ、それは過ぎた話ということで、切り替えよう。

 とにかくそんなわけで俺は今、自分の通う高校に向かうために、家を出て最寄りの駅へと歩みを進めている最中だった。


 隣には、当然のように封伽がいる。

 手を繋いだりしているわけではないが、客観的には二人仲良く並んで歩いているように見えると思う。実態はともかく。


 封伽が俺を嫌っているのは言うに及ばず、俺としても正直複雑な気分だ。こうして歩いているのは封伽と仲が良かった頃を思い出して嬉しいけれど、懐かしさに浸る余裕がないから。


 というか、その封伽が今どんな心境でいるのか、全く想像が付かない……特に、俺が「今日は御帳さんとの約束があるから、せめて違う日にしてくれないか?」と言った辺りから。


 最初は不機嫌そうに「ふうん」と呟いただけだったが(誘いを断られたから怒って当然……なのか?)、そのまま引き下がってはくれないのが封伽らしさと言うべきか。

 なんと次の瞬間には、「むしろ好都合」とでも言いたげな性格の悪い笑みを浮かべていたのだった。


 封伽にとっての好都合が、俺にとって都合の悪いものじゃないことを祈るが……望みは薄いな。


 おかしいな。恋人になった幼馴染と並んで登校するって、かりなラブコメっぽいシチュエーションだと思うんだが。

 今この瞬間、そんな甘酸っぱさは皆無と言っていい。苦い。


「今日はいい天気ね──ふっ」


 え、何で最後に軽く笑ったの? それってどういう意味が込められた笑みですか?


 ……いやいや落ち着け、俺。ふとした瞬間に笑顔が溢れるなんて、普通によくあることだ。おかしなことでも、ましてや怖がることでもない。


 少し神経質になりすぎなんだろう。冷静になって考えてみたら、封伽が何か企んでいるというのも俺の妄想でしかない。

 封伽は何も企ててなんかいなくて、単純に俺と二人で登校したかっただけ──いやまあ、それは無いにしても、他に何か普通の理由があったんだろう。きっと。


 駄目だ。強引にポジディブに捉えようとしても無理がある。


 そもそも百歩譲ってそうだったとしても、このまま行くと駅で御帳さんと鉢合わせするって事実は変わらないし。


「……なあ、封伽」

「何?」

「特に理由はないんだが、急にいつもと違う駅から電車に乗りたくなった。というわけで俺は走って隣の駅に向かうから、悪いけどここからは一人で行ってくれ。じゃあな」

「ふふっ──逃がすと思う? ダーリン♪」


 ですよねー。

 ちくしょう。


 目が笑っていなくて怖いので、再挑戦は諦める。

 ふざけたことを言ったことに対する罵倒がないところも、また逆に怖い……いや、これは俺の感覚が麻痺してるだけでは。悲しいことに、幼馴染からの罵倒に慣れてしまっただけでは。


 まあ、駅で待っている御帳さんに待ちぼうけを喰らわせるわけにもいかないから、この提案を受け入れられていても困るんだけど。


 御帳さんの家から一番近いのは違う駅なのだけれど、一緒に登校するにあたって、俺の最寄り駅まで来るらしいのだ。昨日の電話で言っていた。

 そこまでしなくても、という思いは胸に秘めておく。無粋だろうから。


 ちなみに、御帳さんに送った「今朝の約束はナシにしてくれませんか」という旨のメッセージは、当然のように送信不可でした。どうせそんなことだろうと思ってたよ。はいはい。


 脱走も許されず、鉛のように重く沈み込んだ気分で、心持ちとしてはさながら囚人のように歩んでいく。

 果たして今が地獄なのか、それとも本当の地獄は駅に着いてから始まるのか──そんなことを無為に考えているうちに、俺たち二人はとうとう目的地の駅へと辿り着いた。


 そして、駅に着いたということは。


「──おはようございます」


 まず耳朶を打ったのは、水面みなものように透き通る声音だった。


 声に弾かれるように視線を向ければ、そこに佇んでいた少女──美少女が、あどけない笑顔を浮かべて小さく手を振ってくれている。


 前はキッチリ直線的に揃えて、後ろには腰ほどまで伸ばした漆色の髪。清潔感のある制服を少しも着崩すことなく身にまとった立ち姿は、まさに模範的な優等生といったところ。


 けれど彼女は決して、四角四面にマジメというわけではないらしい。むしろ明るい笑顔と華奢な肢体とは、見るものに「子どもっぽい」という印象を抱かせるだろう。

 一部の生徒からは「守ってあげたくなる可愛らしさ」と表現されているとのことだが、こうして見るとよく分かる。誰が考えたのか知らないが、この少女の魅力が端的に表されている。


『あんな可愛い少女に笑顔で挨拶された日には、男女を問わず全ての人間が、いや全ての生物が呼吸を忘れて硬直する。そして、今日は自分の人生で最高の日になると思えるんだ』と休み時間にクラスの誰かが言っていたのを思い出した。

 さすがにそこまでは思わないけど、まあ言いたいことは俺にもなんとなく分かる。


 今日が俺の人生で最高の日になるかは知らんがな。

 というか、むしろこのままだと最悪の日になりそう?


 あえて確認するまでもないが、状況を整理してみよう。


 御帳さんは(名目上)俺の恋人であり、一緒に学校に行くと約束した相手である。

 俺はその約束の場所に、他の女子(名目上は恋人)と連れ立って来た。


 ……裁判官にどんなワイロを贈っても、有罪ギルティの判決は覆らなそうだった。


 御帳さんが、俺の隣に立つ少女の存在に気付く。


「えっと……そちらは砺波封伽さん、でしたっけ?」

「……ええ、そうよ。アタシのこと、知られてたんだ」


 声を掛けられた封伽も、どうやら相手が御帳さんでは多少緊張するようだった。別に、可愛さなら封伽も負けてないと思うんだけどな……怒られるだろうから言わないけど。


「砺波さんは有名人ですからね。知っていますよ」

「御帳さんに有名人って言われてもちょっと複雑だけど……アタシもアナタのことは知ってるわ。初めまして、御帳珠洲さん」


 ふむ。第一印象ファーストコンタクトはお互いに良い感じっぽいな。できれば、この穏やかな雰囲気のまま円満に話を終えてしまいたいところだ。


「それで──お二人はどうして一緒にいらしたんですか?」


 ……はい、そりゃその話になりますよね。知ってた。

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