choice.9 互い違う認識(3)
俺が「やっぱりやめにしておく」と言ってからも、御帳さんは何回か「でも、大事な話だったんでしょう? 本当にいいんですか?」と多少食い下がるような態度を見せてきた。
まあきっと、それは普通の反応なんだと思う。
俺がその「大事な話」を既にしたということを除けば。
だから俺は、「……それよりも、御帳さんも俺に話があったって言ってたよね?」と半ば強引に話題を変更した。
あからさまに話を変えようとする俺の態度に、御帳さんもこれ以上は意味がないと思ったのだろう。いかにも不承不承という感じではあったけれど、「そうですね。これは話というか、提案なのですが──」と切り出す。
ちゃんと空気の読める子らしい。
だが、そのことに安堵はできなかった。
というのも……「提案」。
その言葉を耳にした途端に、俺は思わず身構えた。落胆で緩んでいた緊張の糸が、再び張り詰める感覚。
もちろん、普段なら気にも留めないような、なんてことのない言葉だ。どんな辞書にも載っているし、誰だって口にしたことがある、ごくごくありふれた単語だろう。
けど、御帳さんが口にする場合は別だった。
もはや説明は不要かもしれないけれど、このときの俺の心境を一言で表すと、「それ、本当に『提案』か?」だった。
──結果から言うと、その予想は当たっていた。
御帳さんが言い出したのが「せっかく付き合うことになったんだから、明日の朝は一緒に登校したい」という、まだ可愛げのあるものだったからマシだったけれど……。
しかし、俺は声を大にして言いたい。
拒否権が用意されていないこれを、ふつう提案とは呼ばない。
二回「否定が掻き消された」ところで、俺は諦めました。
まあそんなわけで、俺は当初の目的を果たすことなく、御帳さんとの通話を終えることとなった。
すぐに録音していた通話音声を再生してみるも、案の定、結果は芳しくない。というか失敗。
「ああ、やっぱりこれって時間が巻き戻ってるんだな」という確信は持てたけれど、だからなんだという話。
それでも往生際悪く、ダメもと、というか最後の悪あがきのつもりで俺はトークアプリを起動した。宛先に「御帳珠洲」を選択して、「御帳さんと付き合うって言ったこと、取り消させてほしい」と入力、すかさず送信。
「こういう話は本来、実際に会ってするのが礼儀だと思う。電話で済ませてしまうのは、いかがなものなのかと」とかゴチャゴチャ言っていた少し前の自分は無視だ。
だってどうしようもないし。
──送信後間もなくして、スマホに通知が届いた。
どうしてなんだろうな……「もう返事が来たのか、早いな。いやそれとも、さっき封伽に送ったメッセージの方かな」と楽観的に捉えることができなくなっているのは。
まあそんなの、「悲観的になるようなことばかり起こっているから」に決まってるんだけど。
通知の正体は、やっぱりとか言いたくないけどやっぱり「メッセージを送信できませんでした」という無機質なエラーだった。すぐさま再送信しても、結果は変わらない。
名状しがたい疲労感に、もはや溜息を付く気すら起きない。
勢いでスマホを手放そうとすると──画面に、また新しい通知が表示された。
今度はエラーではなく、御帳さんからの新着メッセージ。
内容は電話で決めた明日の待ちあわせの時間と場所の再確認と、それから「楽しみにしています」の文字。
俺はそれを見て、短く「了解」とだけ返信──エラーが起こることもなく、簡単に送信できた。
……その事実にまた、疲労感が募っていく。
「……御帳さんとの関係は、もうどうしようもないんだな」
認めたくはないけれど、もうそうも言ってられない。御帳さんのことは残念ながら、俺にはどうすることもできない。
納得できなかろうが、それが現実だった──非現実だった。
試行錯誤しても解決の糸口すら掴めないのであれば、それは大抵の場合、もう考えるだけ無駄なのだ。
そして今の俺は、無駄な思考に身を割く余裕があるとはお世辞にも言えない状態なわけで。
だから無理矢理にでも未練を振り切って、他の考えるべきことに着手しよう──幼馴染、砺波封伽のことに。
封伽からはまだ返信が来ていない、というか既読すら付いていないけれど、そもそも住んでいるのが隣の家なんだから、なんなら直接出向けばいい。たぶん家にいるだろう。
もしくは、もう一度電話すれば繋がるという可能性もある。
直接にしろ電話にしろ、「俺はお前とは付き合わない」とハッキリ伝えれば、それでおしまいだ。一方的に交わされただけの契約が効力を持たないことなんて、経済の教科書を開くまでもなく常識で分かるんだから。
……まあ、実を言うと、少し嬉しかったんだけどな。
あいつが「付き合いなさい」なんてムチャクチャなことを言い出したのは、ひとえに「御帳さんに騙されているらしい幼馴染を見過ごせないから」。
どうなろうと知ったことではないけど、知っていて見過ごすのも夢見が悪い──封伽はそう言った。
そりゃあ、あんな提案をされれば普通に戸惑うし、拒否するしかないけど……「態度が刺々しくなっても、コイツはやっぱり根は優しい奴なんだな」と、封伽とまだ仲が良かった頃を懐かしくぼんやり思い出したりして。
ただ、なんだろう。妙に嫌な予感がするというか……このまま封伽のと話しても、それでちゃんと丸く収まる気がしない。
御帳さんとのことで、俺が勝手に過敏になってるだけか?
かと言って、このまま何もしないわけにもいかないし……。
そうだ──せめて、封伽が「アンタごときに拒否権なんてあるわけないでしょうが!」なんてことを言い出した理由だけでも想像しておくべきか?
それが分かっているかいないかの差は大きい、気がする。
ふむ……まずは仮説1。
俺が御帳さんから告白されて調子に乗っていると考えて、ムカついた。
だから破局に追い込んで憂さ晴らしをしようと思って、自分と恋仲になることを提案した。俺が快諾したら、そのことを吹聴なりするつもりだった。
なのに、予想に反して俺は断った。それで封伽の怒りが増して……いや、ないな。
封伽に嫌われているとはいっても、そこまでじゃないと思うし……そんな陰湿な真似、封伽の性格的にもありえない。
あいつは、ムカつくことがあったらムカつくと直接言うタイプだ。少なくとも俺に対しては。
次、仮説2。
本人の言う通り、封伽は俺が心配であんな提案をしてきた。いや、厳密には言う通りじゃないけど(「アタシがアンタを心配とか馬鹿じゃないの?」と言われるのが目に浮かぶ)。
で、その申し出を俺は受けなかった──そのことが、封伽の女子としてのプライドを傷付けたとか?
内実がただの善意にしろ、封伽は「恋人になれ」と言ってきたのだ。それが断られるのは、いわば「振られた」ようなものだという考え方もできるわけで。
それなら、あの態度にも説明が付くか? 「引っ込みがつかなくなった」みたいな感じで。
んー……メチャクチャそれっぽい気がする。
とりあえずこの仮説をもとに、封伽と話してみるか……。
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