choice.6 そして一つの未来へと(6)

「──じゃあさ、アタシと付き合ってよ」

「────!?」


 ……は?

 コイツ今、一体何て言った?


 俺には「アタシと付き合ってよ」と聞こえた気がしたが……いやいやいやいや、まさかな。そんなわけがない。俺の耳が少々異常をきたしてしまっただけの話だろう。要は聞き違いだ。


 俺ごときが一日の間に二人の女子から告白されるだなんてことが、現実にありえると思うか? 否定ノンだ。そんなこと、もはや合間に改行さえ挟まないほど分かりきっている。


 それに話運びに脈略が無さすぎるし、そもそもコイツが俺に好意を寄せているわけもない。俺のことを心から嫌っているというわけでもないとは思う(願望)けれど、かと言って好かれているとは到底思えない。

 というか、ついさっき俺が御帳さんと(過程はどうあれ)付き合うことになったって話したばっかだし。


「……すまん、よく聞こえなかった。悪いんだが、もう一度言ってくれるか?」


 だからこれは聞き違いである。そうに決まっている。


 ならばどうすべきか? ──簡単だ、聞き直せばいい。それだけで解決だ。ああ、この世の全ての問題が、このくらい簡単に解決してくれれば良いのに。


「聞こえなかったからもう一度言えとか、アンタ調子に乗ってんの?」


 解決しなかった。


 え、俺、そんな不機嫌にさせるようなこと言ったか? 聞き直しただけで調子に乗ってる扱いって、封伽にとっての俺って何なんだよ。


 いや、もしかするとだが……「アタシと付き合ってよ」なんて告白じみた台詞に対して「聞こえなかったからもう一度言ってほしい」と返すのは、少女を不機嫌にするのに充分か?


「──勘違いしてるんなら正してあげるけど、アタシが『付き合って』って言ってるのは別に、アンタのことが好きだからとかじゃないから。そんな自惚れたことは思わないでよね」


 ──確定。聞き違いではなく、封伽は俺に対して本当に「付き合って」と言っていたらしい。


 いや、それだけで既に驚きなんだが……しかし、そんなことを言い出した理由が「好きだから」じゃないっていうのは?

 まあさっきも言ったように、封伽が俺のことを好きじゃないってことは言われるまでもなく分かってるけれど……。


「だけど、そうね──相手がちょっと可愛いからってコロッと騙されてるバカな幼馴染を見過ごすほど薄情じゃないっていうか……ともかく! アンタがどうなろうと知ったこっちゃないけど、でもそれはそれで夢見が悪いっていうか!」


 電話の向こうで、少女の声が段々と熱を帯びていく。


「だから! あの女が企んでることとか暴いて、アンタの目を覚まさせてあげるから! ──そのためにアタシと付き合えって言ってんの!」


 言ってることがもうメチャクチャなんだが……どんな論理だ。なんか知らないけど焦ってるみたいだし……幼馴染ながら、何を考えてるんだかよく分からないやつだ。


 ああ、いや……全く分からないわけでもないのか。


 1。御帳さんの企みを暴こうと思うなら、俺や御帳さんの近くにいて、行動を共にしたりするのが手っ取り早い。

 2。しかし、肩書上は恋人同士である二人と一緒にいるのは難しい。謂うなれば「邪魔者の外野」になりかねないからだ。

 3。だから俺の恋人になることで、立場を御帳さんと対等かそれ以上のものにしようとしている──と。


 控えめに言ってもかなり甘い目算だし、そもそも今のコイツがそんなことを考えているのかも分からないが……。


「いや、だから別に騙されてるわけじゃなくてだな……」

「騙されてる奴はみんなそう言うの!」

「また微妙に否定しにくいことを……」


 弁明は一瞬にして棄却された。このまま説得を試みたところで、残念ながら聞く耳は持ってもらえそうにないな……。


 ──すると、とうとう封伽が痺れを切らしたように言った。その言葉を口にする前に吸い込んだ息の音が、電話越しなのにやたらとはっきり聞こえた。


「──ああもう! ずべこべ言ってないで、さっさとアタシと付き合えって言ってんの!」


 今が「私と付き合ってください」という甘酸っぱい台詞を幼馴染から告げられているという、さながら恋愛漫画の一シーンみたいな場面だということを忘れそうなくらい、それは強引な響きだった……昼間に御帳さんから受けた告白が懐かしい。

 あれはあれでトラウマだけどな。


 この提案が封伽なりの優しさの発露なんだと思うと、拒絶するのにも多少の申し訳なさが芽生えるが……しかし、ここで俺が答えるべき言葉は、やはり決まっている。


「悪いが、その申し出は受けられない。俺はお前とは──」


 俺はここでも、昼間の告白と同じように拒絶を選択した。


 ここで肯定を返せば、事情はどうあれ二股になるのだから。

 二股は良くない。倫理的に──倫理的に良くないことは、イコールで小心者には耐えられないことなのだ。「美少女の恋人が二人もいる! まさに両手に花!」と二股生活を謳歌できるような性格はしてない。していてたまるか。


 ──だが、俺がその返答を最後まで言うことはなかった。

 というか言えなかった──もっと正確に言えば、言わせてもらえなかったのだ。


 俺の言葉を遮って、封伽が次なる台詞を発したから。


「──うるさい! アンタごときに拒否権なんてあるわけないでしょうが! とにかく、大人しくアタシと付き合いなさい! それじゃ、今からアタシ達は恋人同士だから!」


 強引を通り越して、もはや少し暴力的な響きの台詞。

 俺も流石に看過できず、即座に反論しようとしたが──


「──電話、切れてる」


 言い逃げかよ。



 俺はその後、当然ながらすぐに封伽に電話を掛け直した。しかし、何度掛けてもあいつが電話に出ることはなかった。

 直接電話で話すのを諦めて、代わりにSNSでメッセージを送ってみるも反応は無い。既読すら付いていない。


 俺の反論を完全に黙殺して、形振なりふり構わず俺の恋人の振りをするつもりか……。


 さっきは「封伽なりの優しさの発露」なんて言ったけれど、これはひょっとするとアレか? 「コイツごときがあんな美少女と付き合ってるとか気に食わないから、メチャクチャに引っ掻き回してやろう」的な魂胆か?


 ……ともあれ、いろんな意味で面倒なことになってしまったことだけは疑いようがなかった。


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こういうパターンの茶番選択肢もあるよね。

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