choice.5 そして一つの未来へと(5)
「──付き合うことになったんだよ」
「……は?」
ま、そりゃそうなるわな。当事者の俺ですらまだ飲み込めていない状況を、封伽がそんなすぐに理解できるはずもない。
電話越しの声は、困惑したような、というか有体に言って動揺したような態度で次の台詞を紡ぐ。
「付き合うことになったって……誰と誰が?」
そこからかよ、と失笑する気も起きない。俺が逆の立場だったら、きっと同じ反応をしていたことだろうし。
そんな封伽とは対照的に、俺はまるで「なんてことない雑談をしている」くらいの落ち着いた態度を装って続ける。
勿論、俺だってまだ混乱していることには変わりない(こんな意味不明な状況で混乱しない奴はいないと思う)。しかしだからこそ、整理の追い付いていない感情が表に出てしまわないように意識しているのだ。
「俺と御帳さんがだよ。今日の放課後、告白された」
「え、えっと……なんでそんなことに?」
「なんでって言われてもな……それは知らないけど」
困惑が閾値を超えた結果なのか、今は言葉に棘が無い。こんな風にコイツと話してると、なんとなく昔を思い出す──なんて現実逃避をしてる場合じゃないな。
しかし、俺がそんなことをぼんやりと考えていると、「は、ははーん。アタシ、分かっちゃったかも」という得意気な声が響いた。
いや、得意気なのは台詞と雰囲気だけで、声自体は若干ながらも震えてたんだけど。
だがまあ、それをわざわざ突っ込む無粋は侵さないさ(指摘したら何言われるか分からないし。こんなところでも臆病)。
「分かったって、何がだ?」と、無難に先を促してやる。
「あのねえ……アンタみたいなふっつーの男子が、あんな有名で可愛い女の子から告白されるとかありえると思う?」
「ありえないな。あんな美少女が俺ごときの存在を認知してたってだけでも驚きなのに、恋愛感情を向けられるとか、普通に考えてあるわけがない」
実際、俺もあのときは「これは夢なんじゃないか」と疑ってたわけだしな。正直に言うと、今でもまだ疑ってるのだが。
或いはそれは「夢であってくれ」という願望かもしれない。告白された直後に起こったアレコレを思うと。
「でしょ? まあ、別にそこまで卑下しなくてもいいとは思うけど……アンタにだって魅力は、まあ、ちょっとくらいならなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくもないんだから」
「……どっちだよ」
訊いたところで、これは本人にも分かってないと思うが。けど、たぶんフォローしてくれてる……と、思う。なんとなくだがそんな気がする。気がするだけかもしれない。
「──まあそんなことはどうでもいいとして、」
無気力な追及を「どうでもいい」の一言で片付けられたあたり、実際はフォローなんて微塵もされていない気もしてきた。
よく響く声は、さながら何事もなかったかのように続ける。
「──それって、悪質なドッキリとかなんじゃないの?」
「──」
なるほど、それがさっき言っていたところの「分かっちゃったかも」の正体か。
確かに、普通に考えればその可能性は高い。何度も言っているように(そして言われたように)、あんな高嶺の花が俺なんかを好きで告白してくるなんて奇跡は、常識的にありえない。
そこに、何らかの思惑でも無い限りは──そう、思惑。
コイツが言いたいのは、つまりそういうことだろう。
簡単に言えば、「こんな美少女に告白されたら、あいつはどんな素敵な反応しやがるかな?」という悪質で幼稚な嫌がらせを受けているんじゃないかと言っているわけだ。
うん。これは結構ありえそうな仮説である。少なくとも筋は通っているし、現実との整合性もある。
俺も最初はそう疑ってもいたさ──ただし、過去形。
「いや、それはない」
「む。何よ……『あんな良い子がそんなことするわけない』とか、夢見がちに思っちゃってるわけ? バカじゃないの?」
俺は彼女が挙げた仮説を、すぐに棄却した。思いのほか力強い断定になってしまったせいか、封伽の機嫌が少し悪くなったのを感じる。
だけどまあ、実際にその可能性はありえないんだから、こう答えるしかなかっただろう……ここから先は、さらに機嫌を悪くさせてしまわないようにしないと。
とは言っても、難儀なことに「この仮説がありえない理由」を丁寧に説明するわけにもいかないんだよなあ。
──注釈しておくと、封伽が言ったように「御帳さんはそんなことをする子じゃない!」と主張したいわけではない。
御帳さんのパーソナリティなんか、噂で聞いた程度の知識しか持ち合わせていないのだから。クラスが違う上に住んでいる世界も違うし、直接的どころか間接的な接点さえないし。
それに極端なことを言ってしまえば、そんな嫌がらせ行為に及ぶかどうかに、彼女の性格
俺がこの仮説を棄却する理由は、もっと現実的なものだ。
「俺が首を縦に振るまで半永久的に同じ問が繰り返される」というあの狂気じみた状況は、まあ嫌がらせっぽいと言えば嫌がらせっぽいし、開かない扉や進まない時計については、屋上で考察したように細工が可能──ただの嫌がらせにしては凝り過ぎだし大掛かりだとは思うけれど、それでも理屈によって現実的な解釈ができるのだ。
しかし、どう考えても説明の付かない現象が、たった一つだけ残っている。
俺が告白を断ることを諦めるに至った、最後の一押しが。
俺が御帳さんの告白を一旦は受諾して、屋上から脱出してから撤回したとき──次の刹那には抜け出したはずの屋上へと舞い戻り、御帳さんによって再び同じ問いかけが為されていた。
あのときに起こった瞬間移動だけは、合理的かつ現実的な解釈ができないように思う……ひょっとしたら科学で読み解く方法が存在しないこともないのかもしれないけれど、少なくとも俺には見当も付かない。まあどちらにせよ、ただの嫌がらせのために掛ける労力ではないことだけは確かだろう。
だがしかし、これを懇切丁寧に説明したところで、コイツに納得されることはないだろう。というか、「は? 頭おかしいんじゃない?」と一蹴されておしまいだろう。断言してもいいが、俺が逆の立場なら確実にそうしている。
「……まあ詳しくは話せないけど、それなりの根拠はあるから。御帳さんに告白されたのは、悪質なドッキリなんかじゃない」
「は? なら、御帳さんが本気でアンタのことを好きだとか、そんなおめでたい勘違いしちゃってんの? 頭おかしいんじゃない?」
懇切丁寧に説明するのを避けてメチャクチャ曖昧にボカしたのに、ほとんど想像通りの台詞が返ってきたのは何故だろう。どんな風に答えたところで俺は罵倒される運命だったとでも言うつもりか?
いや、確かに言いたいことは分かるんだけどさ。しかし何だこのやるせない敗北感は。
せめて文句の一つでも言ってやりたい気分だが、そうすると今度は「それなら、これがドッキリじゃないって思う根拠をちゃんと聞かせなさいよ」と話を進められてしまいそうだ……そして、またもや「頭おかしいんじゃない?」と言われるのか。
だったらここは、文句を言いたい気持ちをぐっと堪えて、いっそ強引にでも別の話題に移してしまうべきか? だけどそれにしたって、よっぽど上手いことやらない限り封伽は誤魔化されてくれないだろうし……何より、仮になんとかこの場を凌げたとしても後が怖い。
ならば、どうすべきか? どんな態度で、どんな言葉を選ぶのがこの状況では最適なのか?
それを必死になって考えていた俺は──封伽が放った次の言葉に、全くと言っていいほど反応ができなかった。
……いや、じゃあ普段ならちゃんとした反応を返せていたのかと訊かれると頷けないのだけれど。
「──じゃあさ、アタシと付き合ってよ」
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