星の生まれる夜

 暗がりの中でゼノンは角度をセットしボタンを押す。幾つもモーターが駆動しかすかな振動が連続する。その動力が巨大な望遠鏡を持ち上げ、ぱっくりと割れた天文台の上空へとその視線を向けた。

 しかし今日も星は見えない。空にはただ闇だけが存在していた。


 ある日突然全ての星が見えなくなってしまってから十年、人々は星のあった日常をすっかり忘れてしまった。

 この国で唯一残った天文台の管理者であるゼノン・マキシマは、それでもわずかな可能性を信じて日夜星の研究に時間を割いていた。


「集まって何をしているんだい?」

 いつも遊びに来るチトが友だちと天文台のロビィで何かを広げていた。

「ロケット! これで星を作るんだ!」

 どうやらそれは圧縮空気の力を使ったウォーターロケットのことで、今日学校で習ったらしい。

 ゼノンは片付けなければいけない資料をロビィに運び、子どもたちがあれこれと質問するのに答えながら仕事をした。

 しかしその日の夜、真っ暗な天文台の前にやってきたのはチト一人きりだった。やはり大人たちは闇しかない夜に子どもを外に出すようなことはしないようだ。

「二人で上げよう」

 ロビィから彼らが作ったウォーターロケットを運んできて、発射台にセットする。どのロケットの先端にもマグネシウムの切片が取り付けられていた。ゼノンが提案したもので、燃焼した時にかなり強く発光し、彼らが最初に考えていた豆電球よりはずっと星の光に見えるだろうと思ったのだ。

「準備はいいかな?」

「早く早く!」

 ポンプを押してそれぞれのロケットに圧縮空気を充填じゅうてんしていく。五分ほどで合計十機分の空気を入れ終わり、あとは発射を待つだけとなった。

「博士、いい?」

 チトはゼノンの頷きを見てカウントダウンを始める。彼の手にはジョイント部分を開放する為のひもが握られている。

「三、二、一……」

 ゼロ。

 その合図で一つ一つ紐を引いていく。圧縮された空気がロケット内に入った水を噴射ふんしゃし、一気に空へと駆け上がっていく。ロケットは発射から一秒で発光し、真っ暗な夜空に星を作った。

「博士! 星だよ!」

「ああ、そうだね」

 合計十機のウォーターロケットが生み出した星はすぐ消えてしまうが、彼にとっては夏のいい思い出となっただろう。そう思っていた。

「博士! 星! 星だよ!」

 彼は白衣のすそを握り、望遠鏡で確認しろとうるさい。

 ゼノンは渋々観測室に入り、望遠鏡を動かす。のぞき窓に顔を近づけた途端、思考が停止した。

 それは星だった。

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