元魔王軍の勇者は現実世界を征服したいらしい

白夜黒兎

第1話 俺は魔王軍を辞めようと思う

それはある男の一言から始まった。


「俺、魔王軍から離脱するわ」


カラン、コロン…


その瞬間誰のものか分からないフォークが床に落ちる。


「ウィ、リアム。一体どうしたと言うのかね」


唐突もないことを言う若き男、ウィリアムに少し離れたとこに座る老人、ロージェンはわなわなと口を震わせながらウィリアムに理由を尋ねる。しかしウィリアムは頭の上で手を組んで椅子に凭れ掛かると気だるげな声を漏らした。


「ん〜、なんかさ俺のやりたいことってこんなんじゃない気がするんだよ」

「と、言うと?」

「この国を乗っ取ったら終わり?お前ら視野狭すぎねぇ?」


ウィリアムの言葉にその場に居る者は顔を見合わせる。ウィリアムの言葉に首を傾げる者、呆れて首を振る者とそれぞれが反応を示した。


「では、ウィリアムさんはどうしたいのですか?」


桃色の髪の少女が小さく手をあげてウィリアムに聞く。それを待ってたと言う様にウィリアムはニカッと歯を見せて笑うとこれまた皆が驚く様な事を口にする。


「俺は本日を持って勇者軍に行こうと思う!」


パリッ―――――ン


まさかの言葉に誰かの皿が落ちて割れた。しかし誰もそれを気にしておらず皆の視線はウィリアムだけに注られていた。


「お主は何を言っているのだ!」


ロージェンはテーブルを叩いて立ち上がるがウィリアムは器用にフォークを回すだけでロージェンの怒りの声など物ともして居ないようだった。


「ウィリアムが、勇者軍に…」

「ミュゼ様!?」


赤毛の少女は顔面漂白になりその場に倒れる。すぐに複数の者が駆け寄るがどうやらショックのあまり気を失ってる様だった。


「お兄ちゃま、私達を裏切るの…?」


オッドアイの幼き少女がぬいぐるみを抱き締めながら不安そうにウィリアムに聞く。ウィリアムはその少女の頭を優しく撫でると首を振って答える。


「裏切るわけではないぞ?アイラ。俺はもっと自分達の存在を世に知らせる為勇者を利用するだけだ。勇者を俺の支配下に置いたらすぐに帰ってくるからな」


アイラと同じ目線になる様に屈み、安心させる様に笑えばアイラはみるみるうちに笑顔になり力強く頷いてみせた。それにウィリアムも頷いて顔をあげるとそこには少しキレ気味の者達がウィリアムを睨み付ける様に立っていた。それはまるでアイラは誤魔化せてもそれなりに大人の自分達は誤魔化せられないぞと言ってる様だ。そんな視線を一気に受けたウィリアムは視線を彷徨わせながら頬を人差し指で掻いた。


「ウィリアム、勇者軍は永きに渡り我々と争いを繰り広げてきた。そんなとこにお主一人で言っても危険なだけだ」

「ふんっ、分かってねぇなジィさんは。俺を誰だと思ってんだ」


ウィリアムがパチンッと指を鳴らすと頭上には幾つもの文字と数字が浮かび上がる。



―――――――――――――――――――――――

ウィリアム (男)職業:魔王軍次期魔王


レベル:100000


能力:千里眼 超瞬間移動(弱点あり) 


完全記憶 心身交換 記憶書き換え


―――――――――――――――――――――――


「うむ…。確かにお主は能力とレベルだけならここの誰にも負けておらん」


ウィリアムのステータスを見て頷くロージェンに―だろ?―と満足そうにウィリアムははにかむ。しかしロージェンは―だが―と続けた。


「お主の能力は自身を守るためにあるものではないか」

「確かに・・・。ひとつも攻撃魔法がありません」


桃色髪の少女が口に手を当てて呟く。


どうやらロージェンはウィリアムが次期魔王にも関わらず攻撃系が一切ない防御系なのが気になってる様だ。確かにウィリアムの能力は周りも救えるが裏方の様なものだった。千里眼はこれから起きることを知らせてくれるがそこで役目は終わりだし、完全記憶も敵の情報を割り出せるがまたもやそこで役目は終了。心身交換なんてウィリアムの趣味の悪戯の時にしか使用されてないし、記憶書き換えなんてウィリアムの逃げの口実に使われることが多い。ほぼ仲間の為ではなく自身の為に使われてるものばかりなのだ。


「そして決め手には超瞬間移動と来た」


金髪の癖っ毛のある少年は頭の後ろで手を組みながら言う。


超瞬間移動…。それを使うと何処かへランダムに飛ばされると言う。しかし普通の瞬間移動に比べて超瞬間移動は何回も使える訳ではない。1000年にたった一度だけ使えるのだ。だからウィリアムは今まで使って来なかった。もしそれを使う時は本当に危険な時って決めてあるのだ。


「そんなお主が勇者軍の頂点に立つ国王に勝てるはずない」


―だから―ビュンッ


ロージェンの言葉を遮る様に何かがロージェンの頬を掠めた。ロージェンは血の気が引いていくのを感じながらそのぶつを確認して息を呑み込む。


床には小さな石が転がっていた。小石だから大怪我にはならないがよく見れば先端が鋭く尖っており、それがロージェンの頬を掠めてロージェンの頬からは血が垂れてきていた。しかしロージェンが頬に手を添えると直ぐに血は止まった。


「勝手な事言うなよ。俺は最強と讃えられた魔王、ウェルティオの息子だぜ?しかし父さんは勇者との戦いに敗れ死んだ。だったら息子の俺がきっちりと礼しないとなぁ」


ウィリアムは傍に掛けてある手入れも何もされてない剣を手に取って懐に収めると仲間に背を向けて歩き始める。止めても無駄だと思ったのだろう。桃色髮の少女が掛け出そうとするとロージェンは腕を横に伸ばし少女を引き止める。こうしてウィリアムは魔王軍から勇者軍へと行ってしまったのだった。



♢♢♢♢♢♢

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