第一王子
父上達の憂いを晴らそう
これが俺たちの出した結論だった。昨年の病を始まりに武王様はずっと身体を崩されている。あれほど強くて強靭な肉体を持っていた武王様が病に倒れられてから長くベッドに伏せ、痩せていく姿を見る度、衝撃を受けていた。日に日にやつれていく武王様の傍にいる文王様の心労は、俺達の比ではないだろう。
これは誰も口には出さないことだが、武王様は長くは無い。そして文王様は恐らく……。元々、双子王の片割れが王の座を退けば、もう一方の片割れも同じく退くのが慣習だ。そう遠くはない未来に俺達が王座につくことになる。その後に行動しては遅い。
お二方の一番の憂いである俺達の弟。一人きりで生まれた子ども。
昨日、武王様の見舞いにいった際に漏れ出る声を聴いてしまった。王家の行く末を考えてあの弟を殺そうという話を。
ならば我らが弟を殺そう。
その罪の前に震えが走る。罪を犯せば王位に就くことはできないだろうが、それはかまわない。第二王子達は優秀だから彼らが王になれば良いと思う。
王座にいる者にそのような大罪を犯させてはいけない。息子とはいえ、王位継承者とはいえ、今の俺達は王の家臣だ。一番の忠臣でありたいと思うのだ。
あの弟にも、忠実な家臣であることを兄は求める。王家のために死んでもらう。
湯を浴びて、最近生え始めたひげを剃り、口をゆすいで身を清めた。
「今日は随分と男前だな」
「お前もな。なかなかかっこいいじゃないか」
昔、半身を殺した王女は罰として赤く熱した鉄の仮面を被せられた。醜い顔になってしまった王女は幽閉された館の鏡をすべて壊してしまったとか。
弟を殺した罰がどんなものになるのかわからない。弟と入れ替わりで、あの館に幽閉されることになるかもしれない。
どんな罰でも甘んじて受け入れる……というのは嘘だ。顔を焼かれるくらい構わない。ただ二人が分かたれるような罰にならぬと良い。今日が今生の別れとならない事を切に願う。
お互い固く抱きしめあった。
剣を腰に下げ、俺達はかつて王女が幽閉されていた館へ向かう。
双子月の昇らない夜は神が眠る。加護が弱くなる日だと言われている。それでいい。愛し子に連なる子ども達が殺しあうような悲惨な場を、神に見られたくは無かった。
館の入り口には兵士が二人いた。どちらも俺たちの顔を見ると頭を下げた。
「第四王子に用がある。開けろ」
「は。しかし……」
戸惑うのも無理は無いだろう。今まで一度だって親兄弟がこの館を訪れた事は無かったはずだ。しかも二人とも剣を下げているのだから迷うのも頷ける。
「私は開けろと言ったのだが」
「は……」
兵士の額には脂汗がにじみ、苦渋の表情だった。
弟の部屋まで案内させると、扉の前で元の持ち場に戻るよう指示をした。
戸惑うように兵士が戻る背中が見えなくなってから、一応礼儀だろうとノックした。いきなり押し入って叫ばれても困るからな。
「どなたでしょうか」
戸惑ったような声がするが、扉の開く気配は無い。ドアを開けると、そこには痩せた子どもがいた。誤算だったのはもう一人別の大人がいたことだった。教師がついているということだったから、それなのかもしれない。表情にはあらわれていないが、軽く腰を下げて警戒しているのがわかる。
「赤子の頃に会ったことはあるが、覚えていないだろう。私達はお前の兄だ」
弟は青緑の目を見開いて驚いているようだった。容姿について考えた事も無かったが、まさかこの色を持っているとは思わなかった。
こんな幼い子がどの様にして厄災となるのか、迷いが胸をよぎったが、それは奥底に押しとどめた。
「単刀直入にいう。どうか王家のために死んでくれ」
そう言うと、俺達は剣を抜いて弟の首めがけて振り下ろした。
「いけません!」
しかし教師が弟の身を後ろへ投げるように引っ張り、その剣先はわずかに弟の肩を切り裂くだけだった。思いがけない教師の行動に茫然としたのも一瞬だった。
「スミス様! お逃げください!」
その言葉にそういえば弟の名前はスミスだったな、などと場違いな事を考えた。
茫然としていた様子の王子がはっとしたように立ち上がり、逃げようとする。
「チッ」
思わず舌打ちをして、弟に駆け寄ろうとするが、その足を教師に引っ掛けられる。続いて、何か細い鉄棒で鋭く手をつかれ、持っていた剣を落としそうになる。この見た目は細く弱そうな男と見くびっていたが、どうも俺たちの剣と相性が悪いようだった。教師の肩越しに弟が肩の傷を押さえながら壁伝いに歩いているのが見えた。あの怪我ではたとえ外に出たとして、逃げることもままらないだろう。
まずはこの教師からだ、と狙いを定めることにした。すでに一人殺すも二人殺すも大差ない。教師の持っていた鉄の棒――火かき棒を力ずくて叩き落し、倒れこんだところを剣を振り上げる。
「危ない!」
悲痛な弟の声が聞こえた。教師は振り下ろした剣をすんでで横に転がってかわすと、暖炉の灰を掴んで俺たちめがけて投げてきた。
灰が目に入り視界がふさがれた隙をついて腹を蹴られる。本当にこの教師とは相性が悪い。何よりも王族に対して攻撃を加えることに躊躇が無い。
「スミス様! お早くお逃げください!」
「でも…でも……っ」
「神は、スミス様も愛しておられます! あなたが生きて幸せになる事を望んでおられます!」
そう教師は叫んでいた。
「は! 笑えるな!」
ようやく目を開けると、教師は傘を手に突き出すような構えをしていた。
「弟の存在がこの王家の憂いであり瑕疵であり不幸であった! 生まれながらにして災いをもたらすしかない! 神の愛などない!」
「いいえ。あります。あるから私がここにいるのです」
「わけのわからぬことを言う者よ。お前は人民を惑わしかねん」
よく教師の背後を見ると、弟の姿が消えていた。視線をずらすと窓が開いている事に気づいた。外に逃げたのなら急がねばならない。
「惑わします。神のためなら」
教師の戯言に答える気もなく、俺達は二人で教師へと切りかかった。
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