第406話 勝てない敵と。


「お前が、ニール・アロームスだな」


「あれ? 自己紹介したっけ?」


 兵士が欠けてしまった剣を捨てると、着けていたブレスレットから青い炎が噴き出す。


 その青い炎は兵士を包んだ後で、変装の解かれたニールの姿を現した。


「こんにちは。この城で一番強い人」


「俺はジェフィー・ファン・フィンガーランドだ。お前は危険だ、ここを通す訳にはいかない」


「仕方ない。少し付き合ってあげるか」


 ニールが鈍と血吸を構えた。


 ジェフィーは鈍を見るや、ピクンと肩を震える。


「……そうか。ふふ」


 笑みを深めて、唇を舐めた。


「いや、久しぶりだな。一騎打ちは」


 ニールとジェフィーとはそれぞれの武器を構えて、向き合った。


 空気が張り詰めていく。


 戦いの場である正面玄関は二階から吹き抜けになっていて、五十メートル四方ほどの空間。真ん中には二階から二本の階段が伸びていた。


 ジェフィーはジリッと地面を踏み出した。


 動き出しと同時にニールの血吸が投擲される。


 難なく、剣で血吸を弾き飛ばした。


 ニールが踏み出して、ジェフィーとの間合いを詰める。


 鈍を横に構えて、真横に振るう。


 ジェフィーはニールの鈍をガキンッと音を響かせて、受ける。


 それから、ニールとジェフィーとの間で激しい剣戟(けんげき)が繰り広げられた。


 純粋な剣の実力はジェフィーに分があった。


 ニールが天眼を使い、少し先の未来を見ることでギリギリ耐えている状態に見えた。


 振るわれたジェフィーの剣を、ニールは鈍で受けるも後方へと吹き飛ばされる。


「ぐうぅ」


 ジェフィーは不満げな表情を浮かべて。


「お前、真面目に戦え……殺すぞ」


「いやはや、今まで戦った人の中でも素晴らしい剣術だったので、普通に戦ってみたかった。しかし、ジェフィーさんこそ少しくらい本気を出した方がいいのでは?」


「何がだ?」


「もうそろそろ、次の予定があるんで……俺がここから居なくなる」


「私が逃がすとでも?」


「俺、逃げ足だけは世界屈指だと思っているんで」


「ほう。なら試してみるか」


 ジェフィーが地面を踏み出した。


 それは姿が消えて見えるほどに、今までになく加速する。


 剣がキランと光って、ニールの胴体を切り裂いた。


「っ!」


 手応えのなさにジェフィーは眉を顰めた。


 ニールの姿は揺らいで、青い炎となって消えた。


 ニールは青い炎の影から出てきた。


 鈍を後方へと構えて、気配を消してジェフィーの背後に。


「【火影】……【一突き】」


 鈍を一気に前に突き出した。


 ジェフィーは振り向き、剣で鈍を止めた。


「っ!」


「そして」


 ニールが左手を前に。


 カチッという音の後で、左手の飛翔機からロープワイヤーの付いたクナイが飛び出した。


 ジェフィーはニールの鈍を押し返して、至近距離で打ち出されたクナイをギリギリのところで剣で弾き飛ばす。


 ニールは打ち出したクナイを巻き取りつつ、前に踏み出した。


 鈍を構えて、ジェフィーへと振るう。


 ジェフィーは虚を突かれながらも、鈍を受ける。


 ニールとジェフィーとの間で再び激しい剣戟……。ただ先ほどと違う点があるとしたら、気配を操るニールに若干の優位があるところだろう。


 ジェフィーが鈍を弾き返して、距離を取った。


 剣を構え直しながら、慢心していたと自戒した。


 感じられる気配は弱弱しく。


 見た目が歳若い少年にしか見えない。


 更に警戒していたのは白龍と成ることのできるオラクルで。


 オラクルを使われなければ……。


 動きが読まれてしまうが、身体能力が低く……ちょっと物足りない存在に見えていた。いや、そのように見せられてしまっていた。


 ニールはニコリと笑って見せて。


「さて、舐めているのはどっちだったかな?」


「……いや、どうやら子供と舐めていたのは俺の方だったようだ」


「本当。ロージアン共和国の最強……黒剣騎士団団長メーデリック・ファン・クライアンは戦いで遊んではいたが、慢心もなかったよ」


 ジェフィーは聞き覚えのある名前に、眉がピクンと動く。


「あの爺とも……戦っているのか?」


「そういえば、ソフィア様に変装していたから、知られてないんだったか」


 ニールが視線を上げた。左手を喉元にあてて、咳払いする。


 ニールは女声で。


「まーまーええ。あの爺さんと一騎打ちしましたよ。死闘でした。爺さんを黒焦げにしましたが、私も死にかける怪我をしました」


 遠く離れた大国……ロージアン共和国が小国侵略で大敗北を喫した。


 その報告を受けて驚愕し、真偽を調べさせていたので脳裏にあった、惨劇の名。


「まさか……あの『ルンベランの悪夢』はお前が起こしたのか?」


「表向きはやっていません」


「それはやっていると言っているようなものだろう?」


 ニールはジェフィーの問いに答えることなく含みのある表情を浮かべた。


 床に落ちていた血吸を拾って、腰から吊るしていた鞘に納め……思い出したように口を開く。


「そろそろ時間か。そうそう、トーザラニア帝国の皇族に、上級貴族達は捕らえてクリムゾン王国復興のためにこき使ってあげるので。よろしくお伝えください」


 口角を上げて、不適に笑って見せた。


 ジェフィーは背筋を寒くさせた。


「俺がそれをさせる訳ないだろう」


「ふふ。なんの御冗談ですか? 私は今回わざと貴女に近づきましたが……。近づかなければわかりませんでしたよね? そもそも襲撃も貴女が不在の時でもよかったんですよ?」


「……そんなことまで、わかるのか?」


「まぁ。遮蔽物がある場合、遠くにいる場合、すべての人の気配を読める訳ではありません。ただ貴女ほどの気配なら遮蔽物を挟んでも……帝都ドペルゴンの端からでも貴女がどこら辺に居るのかわかりますよ」


 ニールにいつでも攫いに……いや殺しに行けると暗に言われ、ジェフィーが舌打ちした。


『極限的な環境が厄介な人間を育てたものだ。本当の脅威は気配操作術だったのか。それだけで見たらライ兄以上……いや、師匠以上かも……』と考え、剣を握る手に力がこもる。


「やはりお前をここで殺さなければならないようだな」


「ふふ」


「何が可笑しい。俺にそれができないと? この命を懸けてでも……」


「貴女が強く……まだまだ力を出し切っていないのも分かっていますよ。私も最近剣術はカルディアに稽古を受けてそれなりになってきていますが。それでも純粋な戦闘能力は貴女の方が圧倒的に強いように見えます。しかし、それはあくまで貴女と私で戦闘が行われた場合ですよね?」


「……そういうことだ」


「私は無理に貴女と剣を交えて戦う理由がない。ここは煙玉を使って逃走できてしまう。私は煙の中でも、目を瞑っていても走って逃げることもできるんでね。そして逃走後に貴女が居ない時を狙って皇帝を攫うこともできます。いや、攫うのは貴女が居ない時ではなく、寝静まっている深夜帯でもいい。それを貴女が防ぐことはできないですよね?」


「……戦闘をする気がない。しかし、俺の前に現れた。つまり、ここで何か話そうと考えているのか?」


 ニールは笑みを深めて、頷いた。


「そう。話が早い。私は貴女と話に来たんです。トーザラニア帝国はクリムゾン王国から手を引きなさい」


「待て。待て。一兵に過ぎない俺にそれを決める権限はない」


「ふふ。そんなことわかっていますよ。この後、お偉いさんでじっくり話し合ってみてください。撤退までの期限は九十日。クリムゾン王国から手を引いたのを確認したら、攫うのをやめて。あぁ、それから……この帝都に仕掛けたモノも取り外してあげます」


「仕掛けたモノ?」


「その仕掛けは地下大迷宮にいた厄介な化け物達を解き放つ。帝都一体は住めない土地となるでしょう。……虚言だと思いますか?」


「………分かった。陛下を説得してみる」


 ニールは一歩下がって、ペコリと頭を下げる。


「よろしくお願いします。じゃあ。私は次の予定……この城の国庫からお金をもらったら帰ります。おつかれっした」


 五つの煙玉が床に転がって、正面玄関に黒い煙が広がる。


 ジェフィーは黒い煙をかき分けて。


「ちょっと待て! 国庫から金を奪うと言ったか!」


 ジェフィーの声は、すでにニールの居なくなっていた場に響いたのだった。


 その日、ニールの言葉通りに国庫に入れられていた金品と国庫守っていた汎用型の【リドール】六体が消えて……ニールによる手紙が置かれていた。


 ちなみに、国庫から消えた金品はどうやって運んだのか、わからないほどに大量であったとか。


 十二日後、トーザラニア帝国のジョニール皇帝によってクリムゾン王国に駐屯していた全軍、それに合わせて帝国民を引き上げの命が出されるのだった。


 ただ、それと同時に……ニール・アロームスの名が帝国にて賞金首にあげられた。



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