第403話 知り合い。


 ニールは兵士達を見送った後で、増幅した気配の方へと視線を向けた。


 スタスタと歩き出す。


 ニールの向かう先には左腕を失って地面に伏せていたアルセーヌ。


「痛い。痛いよぉ。痛いよぉ」


「このくらい大丈夫だよ。私がちゃんと治してあげるから」


「ほんとぉ?」


「安心して。君の外敵はいつも通り私が排除してあげるから。冬弥(とうや)の時も、カトレアとか言う小娘の時もそうだったろ?」


「なら、安心だぁ」


「そう。安心だ」


 アルセーヌは一人でブツブツと呟いた後で、不気味な笑みを深めた。


 体を起こして、黒に染まった瞳でニールを見た。


「じゃあ、任せるよ。オラクル発動……【炎……」


 アルセーヌが何か言い終わる前に、何か始める前にニールは右手を前に出した。


「む。【波浪(ウェーブ)】」


 右手からはアルセーヌに向けて青い炎が放たれた。青い炎は大きな波になってアルセーヌを襲う。


「ぎゃあああああああ! なんでいきなり! 熱い! 熱いぃぃぃ!」


「ん? 悪い。悪い。なんか嫌な予感がして一応燃やしておこうかと……」


 ニールは相手を殺さないためにも青い炎を消そうとした……が。それをやめた。


 青い炎の中から声が微かに聞こえてきた。


「熱い。熱いよぉ。なんだ、この炎は……普通の炎じゃないぃ」


「本当だ。確かに熱いね。この炎もまた呪いが付与されているのかな?」


「どうしたらいいのぉ?」


「そうだねぇ。けど、炎は炎だ……体は大丈夫だろ?」


「本当だ。やけどはないや」


「そうだろう。そうだろう」


「けど、どうしよう。敵が強そうだよ?」


「大丈夫だよ。君には私がいるのだから……さぁ、言ってくれたまえよ」


「わかった。オラクル発動……【炎狐(フレイムフォックス)】」


 青い炎を押しのける形で、黒い炎を纏ったアルセーヌが現れる。


 黒い炎は意思を持つように動き、アルセーヌの腰辺りに収束して五本のしっぽのようになった。


 ニールは鈍を構えた。目を細める。


「リック爺さんと似たような黒い炎が出て来たわ……やっぱり痺れ薬を使っておくべきだったか。面倒」


『クックッ』


 唐突にカルディアの声がニールの頭の中に響いた。


 ニールは怪訝な表情を浮かべる。


「どうした? 急に笑い出して」


『いや。ちょっと可笑しくてなぁ』


「ふーん。何か可笑しなところあったな?」


『いや……まぁ。戦ってみたら? あまり戦う機会のないオラクル取得者との戦いだぞ? まぁ彼奴はオラクルの力に精神を蝕まれているようだが』


「手伝ってくれてもいいよ?」


『緑龍の力は自身で操れるようになっただろ?』


「まぁ。使えるし。いろいろ準備も済ませてあるが。その手札、人前であまり切りたくないんだよなぁ」


『お前……飛車角落ちで国を落とそうとしているのか?』


「いや、ここはまぁアレだけど。城内に強そうなのが二人いる。もしかしたら戦うことになるかも知れない。こんなところで体力を消費したくないんだが」


『……そうか。雑魚に消耗するのも馬鹿らしいか』


「そこまで辛辣なこと言わないの」


『まぁ。じゃあ……変われ』


「え? 変わる? う、うん……分かった」


 ニールが返答すると、ふっと意識が遠のいた。





 二分後。


 ニールの意識が戻って。


 目の前に居たアルセーヌが戦況を見守っている兵士達を気にすることなく、土下座していた。


「申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません。カルディア様ぁ……」


 ニールは動揺した様子で、一歩下がった。


「えぇ。どうした?」


「宿主様にもご迷惑を掛けました。私はすぐにでも消えますので、どうか……どうか命だけはぁ!」


 アルセーヌの命乞いにニールは可哀想な人を見る目で。


「………わかった。わかった。どっかに行ってくれ」


 アルセーヌはバッと顔を上げた。歓喜の声をあげる。


「あ、ありがとうございます! それでは失礼しますっ!」


 ペコペコと頭を下げると、走り去った。


 残されたニール、そして遠巻きに様子を窺っていた兵士達もぽかんとした表情で、アルセーヌの後ろ姿を見送っていた。


「何したんだ?」


 ニールの問いに頭の中にカルディアの声が届いた。


『いや。知り合いだったから。ちょっと昔話をしただけ』


「………そうか、可哀そうに」


『あのな。アイツはああ見えて……天界を荒らした化け狐なんだぞ?』


「へぇー」


『まぁ。俺や『リベザエル』、『ルッチ』……『ルシフェル』ほどではないがな』


「そっか。神様も大変だな」


 ニールはカルディアとの会話の途中であったが、不意に地面に落ちていた剣の影へと視線を向けた。


「さて。調べは付いたようだ」


 懐へと手を入れるや、黒い球を三つ取り出した。


 笑みを深めると、黒い球を地面に叩きつける。


「じゃあ。ここで遊ぶ必要はなくなったが……ちょっと見ておきたい人もいるか。どうしようかな?」


 黒い球が割れるや、黒煙が急速に広がって、辺りを包んだ。ニールの姿はおろか視界が完全になくなった。


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