第402話 戦う。


 ニールが倒れたアルセーヌに一瞥すると、歩き出した。


 アルセーヌの強さを知る老人……アンドンは眉を顰めた。


 周りにいた兵士に「離れろ」と短く言うや、地面に杖を突く。


 地面に円と四角、幾何学模様が現れた。


 アンドンの体をフワッと浮き上がる。


 赤い鎧を着込んだ女性は地面がめり込むほどに強く地面を蹴った。


 それは鎧を着ているとは思えないほどの速度で、ニールとの距離を詰める。


 腰に下げていたレイピアを構え……ニールへと突き出した。


 ニールはレイピアの刃先を鈍の刀身で受け止めた。


 ガチンッと金属同士がぶつかる音が響く。


「おっと」


「……」


 女性が鎧の隙間から見える瞳が鋭く睨みつけていた。


 鈍の刀身とレイピアの剣先がぶつかったままギリギリと当たったまま見合う。


 ニールは気にする様子もなく、小さく笑った。


「お姉さん、名前は?」


 女性は眉をピクリと動かした。


「……キャロニカだ」


 オラクルを使わないと、ニールの身体能力は弱い。


 それは女性であるキャロニカ相手に対して簡単に押し返されるほど。


 ニールはレイピアで押し返された。


 弾き返されるままに、後方に逃れる。


「おとと」


 後方に逃れたところで、上空より一メートルほどの石槍がニール目掛けて降り注ぐ。


 最初の石槍を躱すも砂埃が上がって、ニールの姿は見えなくなる。


「子供一人にここまでの侵入を許した軍はダメダメだな」


 上空ではアンドンが杖を掲げた。石槍を止めることなく次々に魔法で作って打ち出していった。


「しかし、強かろうと子供が一人で帝都に攻め込むとは何を考えておるのか? まぁ。念入りに殺すんで聞けんだろうが」


 大きな砂埃が上がってニールの姿は確認できないものの、なお石槍を続ける。


 その石槍の数は百になったところで。


 アンドンは杖を下ろして、緩やかに上空から降りてきた。


「やれやれ……疲れたわ。誰か椅子」


 息を吐いて、地上に立った。


 近寄ってきた兵士達に椅子を持ってくるように命令する。


 その時、まだ晴れていなかった砂埃の中から先ほどの石槍二本がアンドンとキャロニカへと投擲された。


 キャロニカは寸前のところで、レイピアで石槍を弾き飛ばした。


「っ!」


 アンドンは躱すことも弾き飛ばすこともできなく……左肩に突き刺さった。


「ぐあっ!」


 膝を付いて、座り込んでしまった。


「やれやれ凄腕の魔法使いを相手にするのは面倒だな」


 砂埃の中から、ニールが服に付いた砂を払いながら出てきた。


 アレだけの石槍の雨だったにも関わらず、傷一つない姿だった。


 ニールは鈍の剣先をアンドンへと向けた。


「ただ、少し警戒を解くのが早いね」


「小僧が……ぐ」


 アンドンが悔し気な表情を浮かべた。右手に持っていた杖を掲げようとしたが……痺れるような感覚に座り込んでしまう。


「痺れ薬を塗ってあるから。魔法はもう撃てないかも」


 ニールは、アンドンの方へと歩き出した。


 笑みを深めて……。


「老人には優しくするものだけど……先に攻撃したのはそっちだから」


 ここで割って入ったのは兵士達で「アンドン様をお守りしろ!」とニールとアンドンとの間に集まってくる。


 次いで、キャロニカがレイピアを突き出して、ニールに迫る。


「しっ」


「おとと……またお姉さんか」


「……」


 ニールとキャロニカとの間で、カッカッカッカッカッカッと凄まじい剣戟が繰り広げられた。


 ニールは最小限の力、動きで受けに徹していた。


 それはキャロニカにとって舐められていると感じさせて、苛立たせた。


 キャロニカは奥歯を噛み締めて、ダンと足を前に踏み出した。


「真面目にやれっ!」


 それはレイピアによる、鋭い突きだった。鋭い剣先がニールの脳天を突き刺す。


 ニールの姿は揺れて、青い炎となって消える。


 キャロニカは残った青い炎から逃れるべく、後方に逃れる。


「あつ! 何が……どうなっている!」


 ニールの行方を完全に見失った。


 彼女も気配操作術を修練していて、特に気配を読むのは得意であった。


 ただ、目の前にいたはずの人間を気配が読めなくなって……それからいくら気配を読んでいても……。


 背後よりニールの気配を感じ取った。


 即座にレイピアを構えて、後方へと振るう。


 ただ、そのレイピアの剣先は空を切った。


 レイピアに手応えがなく、後ろ振り向こうとしたがキャロニカはピタリと動きを止める。


 それは目の前にいるニールが、鎧の隙間からキャロニカの首元にいつの間にか抜いていた血吸の剣先を突き立てていたから……。


 キャロニカは化け物を見るような目で、ニールへと視線を送る。


「……」


「どうしたの? お姉さん?」


「どうして? それはこっちの台詞……何がどうなっているの?」


「まぁ教えてあげないけど。気配読みのできる人間をおちょくるのは楽しい」


 ニールが血吸でキャロニカの首元に小さな傷を付けた。


 血吸には先ほどアンドンを仕留めた痺れ薬と同じものが刃にしみ込んでいた。


「ぐあっ」


 キャロニカが体をビクンビクンと震わせた。立っていることはできずに、ニールに体を預ける形で倒れた。


 ニールはキャロニカの体を地面に寝かせた。


「よっと。バイバイ」


 そう一言残すと、歩いていってしまった。


 体の動かなくなったキャロニカは悔し気に顔を歪めてニールを見送る。


 その時、ニールの歩く足がピタリと止まった。


 ニールは鋭い視線を後方へと向けた。


「ふーん。まだやるつもりか」


 キャロニカは『どうしたんだ』と疑問を感じたところで、ニールの視線の先より凄まじい気配の増幅を感じ取っていた。


 ニールは再びキャロニカに近づいた。キャロニカの体をひょいっと持ち上げる。


「ちょっと失礼。ここは危ないから」


 キョロキョロと視線を向けると、兵士達に近寄った。


 兵士達は警戒していたが、気にすることなくキャロニカを横に寝かせる。


「おい。死にたくなかったら、このキャロニカを抱えて全力で逃げろ」


 兵士達が動揺した様子で。


「え。えぇ」


「ほら、死にたくないなら早くここから逃げろ! 他も早く!」


 敵であるのだが、ニールの命令を受けた兵士達は「は、はい」っと言ってキャロニカの体を背負って離れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る