第401話 二人の勇者。



 兵士達はニールの剣が重厚な扉を切り裂き、侵入するとは予想外で、動揺した。


 それでも、気を取り直して門番の詰め所に向かって、侵入者を知らせる。


 ニールは人々の言う強さの尺度の一つである『英雄の領域』に踏み込んでいて……世界でも屈指の強者である。


 その彼に矛を向けられる。


 それは未曾有の事態であると言って過言でない。


 本来なら、同じく『英雄の領域』にいる者を呼び出すか、魔法使いで固めた中隊以上を用意する必要があった。


 にもかかわらず、帝都ドペルゴンの兵士達の対応は後手を踏んでいた。


 その要因をあげるとするなら……。


 帝都ドペルゴンは直接攻められた経験がここ百年ほどまったくなかったこと。


 相手が単騎で、しかも少年である……つまりはニールを軽視してしまったこと。


 その要因によって、ニールへと兵士を固めて配置することもせず、小隊との散発的な遭遇戦に。


「ふーん。ふふふーん。汗を、涙を流して走るぅー踊るぅー」


 ニールが鼻歌を歌いつつ大通りを歩いていた。


 十人ほどの小隊がニールの前に現れた。


「そこの少年、止まれ!」


 小隊の警告を口にした。


 ニールは警告など気に留めることなく、歩く。


 小隊の前列二人が槍を構え、ニールへと突き出した。


 ニールを槍で突き刺した。


 ……槍に手応えがなく。


 ニールの姿が揺れ、青い炎となって消えていった。


「なっ!」


「消えた!?」


 小隊の兵士達は目の前で起こったことに動揺した。


 次いでニールの声が聞こえてきたのは……後ろ。


 ニールは変わらず鼻歌を歌っていた。小隊を後ろ歩いていく。


「夢を……夢にしないために追いかけるぅー」


 いつの間にか抜いていた鈍を振る。


 刀身に付いていた血が飛び散って、地面を濡らした。


「【火影】……そして【神無(かみな)】」


 小隊の兵士達はニールへと振り向こうとした。


 しかし、それぞれ鋭い痛みが走る。


 太もも、背中と切り裂かれて、バタバタと地面に倒れていった。


「ぐうぅ。何が……起こった」


 小隊を指揮していた兵士が地面に倒れたまま、離れて行くニールの後ろ姿を見ていた。


 ニールにとって小隊程度では障害とすらならず、歩を進めた。


 特に急いだ様子もなく歩き、二時間ほどで帝都ドペルゴンの中央にある城の前にたどり着く。


 二時間もあれば、いくら後手を踏んでいようとも、向かう先である城周りの広場と、城の城壁には多数の兵士……兵数で言うなら一万ほどの兵士が配置されていた。


 更には杖を持った老人、剣を腰に下げた十代の少年、完全武装……重々しい赤い鎧を着込んだ女性と雰囲気のある者達が待ち構えていた。


 老人はやれやれと言った表情を浮かべて。


「ハーヴィンのヤツ……儂は魔法の研究に忙しいと言うのに」


 少年は笑みを深める。


「へへ」


 赤い鎧を着込んだ女性はニールを目にしても無表情で何も発さなかった。


「……」


 兵士達がニールを囲んでいく中で、少年はニールへと歩き出した。


 老人は嫌そうな表情を浮かべて。


「アルセーヌの小僧?」


 少年……アルセーヌは剣を鞘より引き抜くと、風を切る音を響かせて振るう。


「アンドンの爺、先にやらせてくれよ。ベストース大将のヤツに置いて行かれて、暇していたんだよ」


「小僧、相変わらず年長者への言葉遣いがなっておらんな」


「はいはい。悪いな」


 アルセーヌはヘラヘラしながら、ニールの前に立った。


「侵入者、よく来たな」


 ニールも帝都ドペルゴンに入って初めて立ち止まる。


「いやはや、なかなかなお出迎えで」


「お前の目的はなんだ?」


「んーん。俺の故郷がクリムゾン王国と言えばわかるか?」


「へへ。つまりは報復か?」


「まぁーそんな感じ……ところでベストース大将とやらとは知り合いか?」


「ん? あぁまぁ……」


「そう。じゃあ」


 ニールがそう言うや、下げていた鞄から金の剣を取り出した。


 そのまま、ポイッと金の剣をアルセーヌへと投げる。


 金の剣を受け取ったアルセーヌは眉を顰めた。


「これは……」


「ここに来るまでの途中で軍を率いていたから、とりあえず、倒して捕虜にしているんだけど。生きている証拠にこれだけでも親類に渡してあげてよ」


「ベストース大将はクリムゾン王国の反乱制圧の軍を率いていた。壊滅させたのか? お前が? 一人で?」


「いや、そんな面倒なことしないよ。ただ偉そうな人達を捕虜にしただけ……。その制圧軍とやらは、偉そうな人達が居なくなったからバラバラになっていたかな? 今頃」


「ほうぅ。やるな。全然強そうには見えないが」


「そうそう、か弱い子供なんだ。そこを通してくれるかな?」


「そういう訳にはいかないなぁ」


「そうか。残念だな」


 ニールが小さく息を吐いて、鈍を抜いて構えた。


「まったく何も感じない。あのライオネルと同系統のヤツだとすると、リベンジになる。何よりも……」


 アルセーヌが嫌な笑みを浮かべた。剣を構える。


「俺の糧になりやがれ!」


 ニールは笑みを深めた。


「元気だなぁ」


 アルセーヌは筋肉が瞬間的に肥大化して、人間を超えた身のこなしで走った。


 それは一般兵では目で追えないほどで。


 ニールの面前に迫ると剣を真横に切り裂いた。


 ただ、手応えなく。更にはニールの姿が揺れて、青い炎に燃える形で消えた。


 ニールの姿が突然消え、次いで青い炎が襲ってくる。


「なんだ! 熱っ!」


 子供ながらいくつもの戦場で、何百もの戦闘を乗り越えたアルセーヌでも予想もできないことで……動揺するのには十分であった。


「【火影】……魔法かな? 子供なのにいい太刀筋」


 ニールの声がアルセーヌの背後から響いた。


 アルセーヌは青い炎を振り払って、即座に振り向こうとした。


 ただ、左肩辺りから鋭い痛みが……。


 ドサッと音が聞こえ、左腕が地面に落ちた。


 ニールは鈍を振って、血を払う。


「【神無】……悪いね。子供相手に可哀そうかと思ったんだけど。気配的に危険人物そうだったから、左腕をもらうことにした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る