第399話 赤の騎士団。

 クリムゾン王国の王都タマールの東に五キロほどに離れた場所。


 ここは二年間半前には何もなかった場所……。


 今は端材を組み合わされただけのボロい民家が密集するスラムが完成されていた。


 人々はここのスラムをミリガン集落と呼ばれている。


 そのミリガン集落の一つの木造の民家。


 薄暗い民家の中では青色の髪をオールバックにした男性がデスクで書類を見ていた。


 男性は鋭い目つきで。


 服を着ていてわかりにくいが、線の細い体躯ながら鍛え抜かれた。


 一枚の書類を手に取って、渋い表情を浮かべて。


「赤の騎士団の活動における食料を確保できたのはよかったが。トーザラニア帝国本国からの増援が来るか……」


 椅子の背に体を預けた。少しの間の後でため息を溢す。


「このアジトも変えるべきだな。にしても……ミロットは噂で聞いていた以上に優秀な人材であったのだな」


 男性は目を見開いて、書類をデスクに放った。


「ロジャーは気配を垂れ流し過ぎだ。これでよく冒険者をやれたものだな」


 少しの間の後で、男性の居る民家の前にローブで全身を隠した人物がやってきた。


「邪魔するぜ。ザレルさん、帰ったぜ」


 ローブで全身を隠した人物は民家の中に入るや、着ていたローブを脱いた。


 ローブを脱いだ人物は以前にニールと王都タマールの冒険者ギルド会館で遭遇していた左目にバツ印の傷がある中年男性であった。


 青色の髪をオールバックにした男性……ザレルは苦笑して。


「ロジャー。もう少し気配を消して行動して欲しいんだが」


 左目にバツ印の傷がある中年男性……ロジャーはソファに座った。


「ゼハハ。気配を消すのは肩が凝るんだ。それにローブを着ていたら、気付く人間はそんなおらんよ」


「俺が気付くんだ。敵の中にも……この前線には出てきていないが、トーザラニア帝国本国には帝国最強『赤髪』のジェフィー・ファン・フィンガーランドが残っているんだぞ」


「赤髪か……。冒険者の俺でも聞いた名前だな」


「まぁ。それは出てきた時に考えるとして、トーザラニア帝国本国から増援ありと情報が上がった。このアジトは離れようと思う」


「そうか……。今後、どうするよ」


「……ふむ。しばらく……トーザラニア帝国本国から援軍が引くまでは雲隠れしていた方がいいかと思う。我々の兵力は現時点でも二十分の一なんだ。援軍が来たら兵力差が広がるのはまずい」


 ロジャーはソファに体を預けて、不満げに鼻を鳴らした。


「ザレルさんよ。ちょっと消極的過ぎねぇか? トーザラニア帝国の横暴はもう見てられんのだが」


「……気持ちは分かる。確かにこちらにはお前をはじめとして、強駒は揃っている……。しかし、逆に言うならお前を失うことになればクリムゾン王国は本当に終わってしまうんだ」


「ふむぅ」


 ザレルとロジャーとが話していると、外が騒がしくなった。


 女性が一人、ザレルの居た民家へと飛び込んできた。


「た、大変です」


 ザレルは女性へと視線を向けて。


「……どうした?」


「それが……クリムゾン王国の王都タマールに駐屯していたトーザラニア帝国軍五千が壊滅しました」


 ロジャーは目を見開いて。


 ザレルは椅子からガタッと立ち上がった。


「どういうことだ! どこが動いた!?」


「そういった情報は入ってきていません。しかし、トーザラニア帝国軍五千が壊滅した現場はこの目で確認しました。第一発見者は王都タマール内にいた地下協力者。彼によると、昨日の昼頃から兵士達が騒がしく動いていて、戦闘音も響いていたと。そして、今日になって静かになった駐屯地を覗いてみると……隕石でも落ちたのではと錯覚するほどの惨状で、トーザラニア帝国軍のほとんどが血を流して倒れていたと」


「今、その駐屯地に居たトーザラニア帝国軍はどうなっている?」


「すみません。ザレル様に報告前でしたが、オリヴィン様から倒れたトーザラニア帝国軍の捕縛の命令をいただきました」


「壊滅させた者達はどこに? 居ないのか?」


「どこにも。倒れているトーザラニア帝国軍の兵士達しか。それは第一発見者も同じようで……」


「そうか……」


 ザレルは椅子に座り直して、頭を押さえた。少し……思考を巡らせた間の後で。


「敵の罠にしては……不可解過ぎる」


 椅子から立ち上がって、手を前に突き出した。


「ロジャー、王都タマールに入るぞ」


 ロジャーはソファから立ち上がって、苦笑する。


「なんだか、格好悪くないか? なんて言うか、おいしいところを」


「それ以上言うな。分かっている。しかし、俺達は……今後来る他の駐屯地からの増援、トーザラニア帝国本国からの増援と対する策を練る必要があるんだ」


「じゃあ、行きますかぁ」


 ロジャーが民家から出て立ち止まった。笑みを深める。


「お。青い鳥が飛んでいるぞ。何かいいことあるかもなぁ。ゼハハ」


 その言葉通りに遠くの空に青い鳥が飛び去って行った。ちなみにその方角はトーザラニア帝国方であった。



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