第398話 寄り道。


 ここは暗い空間だった。


 二匹の白い魚が空間内に現れる。


 白い魚が回るように泳ぐ。


 地面が照らされると……現れたのは地面を埋め尽くす黒い人の骸だった。


 黒い空間に一筋の光。


 光が広がっていき、一人の少女が現れた。


 少女は寒気がするほどに美しい顔立ち。


 綺麗な白く長髪が靡き。


 背中には黒く大きな翼が……生えていた。


 少女は手を伸ばした。


「早く……ここは退屈だ」


 少女は口角が上がって、不適な笑みを浮かべる。


「あぁ。出られる日が楽しみだよ」


 ◆


 ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、二年と七カ月。


 ここはズベック川。


 ズベック川はクリムゾン王国とインヴォン共和国との間にある大河である。


 ニール、そしてボルトはズベック川のインヴォン共和国側で、魚釣りに興じていた。


 釣りと言ってもニールは釣り竿を押さえ、平たい岩の上で寝ているのだが。


「んっ……あ……」


 眉間に皺が寄って……ゆっくり目を覚ます。


「夢か……最近……。いや、覚えていないだけで昔から見ていたのかな?」


 起きたばかりでぼんやりとした様子で一言呟いた。


 少しの間の後で隣で釣りをしていたボルトへと視線を向ける。


「クリムゾン王国は目の前なんだ。もう釣りをやめていこうぜ」


「……いままで、何度寄り道やまわり道をしたんだ。少しくらいいいだろう。フォルダム大峡谷から始まって、メライト王国では魚を食べて寝込んで……。ファスタ王国では渡船と海賊船を間違えて乗船。海賊を壊滅させたのはいいが、嵐が来て海賊船は難破してチェスロー諸島の無人島に行く羽目に。そこで二十日ほど彷徨っていたのが一番長いか? それからヘブリニッジ王国では王城の建築方式が変わっていて気になるとか言って、忍び込……王城見学していたら、金品と一緒に姫様を攫おうとした盗賊と鉢合い。それを助けたはいいものの勝手に王城見学していたのは拙いと逃走。そしたら国を挙げて探され、急いで逃げる羽目になった。それから……」


 ボルトの話を遮るようにニールは口を開いた。


「もういいって。長いから一々言わなくてもいい」


「旅の最中の寄り道やまわり道は、ほとんどお前かカルディアが引き金だろ?」


「いやいや。そんな訳……」


 ニールがこれまでのことを思い出していった。ボルトに反論しようとも、反論できる言葉を持っていなく黙った。


「俺は、お前等に旅で必ず問題を起こさないと気が済まないのかって内心思っていたぞ」


「ぐう」


「ぐうの音しか出ないか」


「まぁ。少しくらい釣りに付き合ってやるか……っと」


 ニールの言葉の途中ながら、持っていた釣り竿の糸が引いた。


 ニールは若干面倒くさそうに体を起こした。


 リールを巻き、餌に食いついた魚を釣り上げる。釣り上げられた魚は二十センチを超える大ぶりの魚であった。


 近くで焚火していた小人達からは歓声が上がる。


「「「おおおぉぉ!」」」


 慣れた手付きで、釣り針から魚を外して……近寄ってきた小人達へと渡す。


 ボルトは悔しそうにニールの釣り上げた魚へと視線を向けた。


「ぐぬぬ。なんでお前ばかり釣れるんだよ」


 ニールは笑いながら餌の付けた釣り針を川へと投げ込んだ。


「ハハ。俺は昔釣り神と呼ばれていたんだぞ? よっこいしょういちっと」


 再び横に寝そべる体勢で、釣りを再開した。


 ボルトはニールを横目で見ながら、釣り竿を振った。


「ぐぬぬ。なんで……それで魚が釣れるんだ!」


「ふぁー眠いなぁ」


「ぐぬぬ」


 ニールはズベック川の真ん中で何か浮かぶ黒い影が目に映った。


「ん? あ? なんだアレ?」


「どうした?」


 ボルトの問いに対して、ニールは体を起こした。次いで……川に浮かぶ黒い影へと指を指した。


「んーん。アレ、なんだろう?」


「アレ……」


 ボルトがニールの指した方へと視線を向けて目を細めた。


 少しの間の後で、目を見開く。


「ニール、足場」


「え? ええ?」


「早く」


 ニールはズボンのポケットに一度触れて、地面に手を置いた。


「【樹生】……」


 地面に触れた手のひらが輝いた。


 パチパチッと音が響いて、植物のツタが伸びて……川に浮かぶ黒い影に届く。


 ボルトは釣り竿を投げ捨てて、ツタに飛び乗ると、走っていく。


「っ!」


 ニールは戸惑いながらもボルトを追いかけて、ツタの上を歩いていく。


「お、おい」


 ニールとボルトとがツタの先に。


 ニールはボルトに追いついたところで。


「おっと。なんだったんだ?」


 ボルトは悲し気に視線を下げて。手に掴んでいたモノを引き上げる。


「これは……女性の死体だ」


 ニールは目を見開いて、絶句する。


 いくつかの戦争、戦いを経て死体に驚き絶句するようなことはなくなっていた。


 その女性の死体を引き上げて、川岸に戻り……死体を寝かせてやると、その全貌が明らかに……それは言葉にするものおぞましい状態で……。


 女性の死体は十代半ばの少女で全身に残る切り傷と打撲、やけど……、首を絞めつけられた手の跡、胸に残る噛みつき跡、両足のこうには突き刺し跡、抜歯されて歯がなく、耳は食いちぎられたようになくなっていた。


 そして、性器には無数の木の枝が突き刺さっていた。


 小人達も悲鳴を上げる中で、シルビアが布を女性の体に被せてやった。


「離れてください。私が責任を持って弔い火葬を進めますので」


「あぁ……頼んだ」


 険しい表情のニールが女性の死体をシルビアに任せると、ボルトと共に離れて行った。


 少しの沈黙の後で、ニールは口を開く。


「なんだと思う?」


「どっちの国とは名言できないが。この川……ズベック川の上流部で何か起こっているんじゃないか?」


「そうか」


 ニール達は女性の死体を火葬し弔うと、急ぎ荷物を仕舞って【青鳥(ブルーバード)】でその場を離れた。


 三十分もしないうちにたどり着いたのはクリムゾン王国側にあった黒焦げた場所……。


 その場所には先日まではグラスタ村があった。


 焼け残りには百を超える大小さまざまな白骨死体……。そして、黒焦げたトーザラニア帝国の国旗が。


 ニールは鋭い目つきでトーザラニア帝国の国旗を見つめる。


 ボルトが後ろに近づいてくると。


 ニールはいつもよりも低く冷たい声で。


「やりすぎだ。一般人だろう?」


「そうだな」


「トーザラニア帝国……ちょっと攻め込んでみるかな」


「そうか……。悪いが俺は『守る者』だ。掟によって国への侵略に手を貸す訳にはいかない」


「俺一人で気が済むまでやってみるが、その『守る者』とやらは俺の邪魔をしてくるかな?」


「……さぁ。少なくとも俺はこの辺りの『守る者』ではない」


「お前が邪魔してこないだけいいな」


 ニールが言葉を切ると、空を見上げた。ここで、ふと……ジンが言った言葉を思い出す。


「故郷に矛を向けられて黙っていられるか……か。そうだな。リリアお嬢様に会うのはもう少し先になってしまうな」



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