第397話 久しぶりのミロット。
クリムゾン王国のウィンズ子爵領……。
いや、元ウィンズ子爵領である。
二年前、トーザラニア帝国とクリムゾン王国との戦争で、唯一ウィンズ子爵軍が善戦した。
最終的には帝国側がウィンズ子爵軍との戦いを避けて、交渉するまでに至る。
結果、帝国への忠誠を誓うことで、ウィンズ子爵領の民を守ると言う条件を引き出したのだった。
よって所属を帝国へと変わって、位もウィンズ男爵となっていた。
クレッセンの街近くにあるウィンズ男爵の屋敷……。
その屋敷周辺には以前、ニールが暴走し、リリアの兄であるトリスタンのメイドであったロウサと白髪の老人と戦った戦跡がいまだ深く残っていた。
小柄な女性……ミロットが馬に跨って屋敷に入ってくる。
ミロットは屋敷に着くや、馬を係に預けた。そのまま屋敷を入っていき、ある部屋の前で立ち止まった。ノックする。
コンッ……コンコン。
「失礼します。ミロットです」
室内から「入れ」と返事を受けたことで、扉を開けて、部屋へと入っていった。
部屋は執務室のようになっていて、デスクには山積された書類……その書類に囲まれる形で二十代後半に見える男性が座っていた。
その男性は二年でずいぶんと老けたように見えるが、リリアの兄であるトリスタンであった。
リリアの父親は結局帝国との戦争前に長男、次男を廃して、男爵の位を三男に当たるトリスタン・ファン・ウィンズが爵位を受け継がせていた。
ミロットはデスクの前に立って。
「偵察より帰ってまいりました」
トリスタンはインクで汚れた手を布で拭いつつ、顔を上げた。その顔は疲れ切っていて、目の下に深い隈ができていた。
「ご苦労。休ませてやりたいところだが、まずは報告を聞かせてもらえるか?」
「はい。まず元騎士団団長ザレル・ファン・ベラケリーとS級冒険者パーティーである『エッジクロウ』リーダーのロジャーとを中心に構成されている『赤の騎士団』が、帝国軍の駐屯地の一つを襲撃し……食糧庫を奪い去ったとのこと。ただ、その件で帝国軍は本格的に赤の騎士団を討伐しようとする動きが見られます」
「そうか。次の機会に帝国軍で得られた情報を流してやってくれ」
「はい。次いで……第二王女の捜索は結構な人数の動員が決まったようです」
「それは……」
「まぁー大丈夫でしょう。私が変装して足跡を残して、捜索部隊を混乱させているので、今のところ問題ないかと」
「そうか。よかった……いやご苦労だった」
「主だった報告としては以上でしょうか?」
「最後に国内の状況を教えてくれるか? 書類では知っているのだが、実際に見てきたお前の話を聞きたい」
「はい。クリムゾン王国の国民は皆奴隷のように扱われていますね。特に採掘を無理矢理に進めているノリッチ鉱山などは酷い有様でいた。彼らが次の冬を越すことができるか。それで、最近はトーザラニア帝国の貴族の間で人狩りが流行っているようですね。そこで狩られた王国の国民がオークションにかけられる……野蛮ですね」
「……もしかして、その影響もあるか? 最近、王国の国民の流入が減ったのは」
「その可能性が高いかと。それから、これは報告に上がっていると思いますがウィンズ男爵領内でも……」
トリスタンが苦悶の表情を浮かべて、ため息を吐く。
「はぁー……それは分かっている。俺の至らぬ点だ」
「まぁ。相手は、トーザラニア帝国の貴族でしかも爵位が上……。こればかりはお館様も対策もしにくいですよね」
「うむぅ」
ミロットは渋い表情を浮かべて。
「しかし、危ない橋を渡りますね。反乱分子に秘密裏に支援。王族唯一の生き残りである第二王女を匿い。別領から王国の国民を秘密裏に引き込む。これがお目付け役に気付かれでもしたら」
「ふん。俺の首など……クリムゾン王国の復興の芽をつぶしたくない」
「ふっ……ふふふ」
トリスタンは気分を害したようにムッとした表情を浮かべて。
「何がおかしい?」
「いえ、すみません。リリア様が以前に言っていた通りだと思いまして……」
「リリアが?」
「ええ。トリスタン様はやる気を出せれば、切れ者であると」
「俺が切れ者? 違うな。俺は単に……できる手を打っているだけだよ」
「ふふ。そうですか。それでは、いつも通りに細かい報告は後程書面で提出させてもらいます」
「ご苦労だった。少し休んでくれ」
「はっ。失礼します」
ミロットが部屋から立ち去ろうとした……扉に近づいて、ドアノブを握ったところで止まった。
「ちなみに一つ確認したいのですが。よろしいでしょうか?」
「? なんだ」
「第二王女様を匿う理由は……本当にクリムゾン王国の復興の芽をつぶしたくないだけですか?」
「……それはどういう意味だ?」
「いえ。深い意味はありませんよ。少し意味を含めた内容があるとしたら、今後のことを考えると早めに子供は欲しいですと言うことでしょうか?」
「ちょ……」
トリスタンの声が少し聞こえていたが、ミロットはそのまま扉を開けて、部屋から出て行ったのだった。
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