第395話 何気ない雑談。
ここはバルべス帝国の端のユーステルの森。
森の中に洋館が経っていた。
洋館の前の広い庭では肌の色も目の色もそれぞれ異なる子供達が、エイッエイッと元気よく木剣を振っていた。
「おいおい。こなすだけの修練に意味ないぞ。一振り一振り、敵を倒すことを意識して振り下ろせ」
赤髪の女性が子供達に指導して回っていた。
彼女は美人であるのだが鋭い目つきで、冷たい感じのある女性であった。
左目にやけどを負っていて、眼帯を付けている。
後ろにやってきたメイドが赤髪の女性に近づいてきた。
「ジェフィーさん、お疲れ様です」
「あぁ。シルビアか」
赤髪の女性は視線を向けることなく答えた。
メイド……シルビアは子供達へと視線を向けて。
「どうですか? 子供達は」
「んー特にドリック、マルコ、セイディアは見どころがありそうだ。トーザラニア帝国に……俺の部下に欲しいな」
「トーザラニア帝国は最近戦争をし過ぎなんで、ダメですね」
「いや、あれはベストースのハゲタカが暴走した結果だ」
「その結果、クリムゾン王国を……」
「ん? あの国に何かあるのか?」
「虎の……いや、龍の尾を踏んでいないといいのですが」
「龍の尾? あぁ。前に、大隊を踏み潰した白龍のことか? ベストースが進軍時には現れなかったようだが?」
「今は無理でしょうね」
「……何か知っているのか?」
「あの白龍はニール・アロームスと呼ばれる今は……十一歳の少年です。オラクル名【カルディアの剣】。白龍となるのはそのオラクルの影響です。オラクルの中でも最上位に位置していて、内包している力が強く。暴走した時にトーザラニア帝国の大隊を破壊させた。更にはクリムゾン王国の筆頭魔導士モーリス・ファン・ダールシャの仕掛けた死の呪をも抑えるほど」
「そこまで知っているのか?」
「ええ。調べましたので。なんせ、勇者の一人ですから」
「……エマやアルセーヌと同じ?」
「おそらく他の勇者では敵わないでしょう。エマさんも強いですが、相性が悪いですね。なんせ、気配過敏症を発症して極地の一つ先の未来を見る瞳。【天眼】を開眼している。性能的には似ていて非なるモノなので、どちらの未来が優先されるのかわかりませんが。エマさんにとって分が悪いのは確かでしょうね。ただ……」
「ただ?」
「この情報はあくまで二年半前の情報です。彼は二年半前に、ジェミニの地下大迷宮の地下四十四階へと一人飛ばされました」
「ジェミニの地下大迷宮……」
「ええ。ご主人様は三、四年掛かると見立てていましたが、二年と少しで一人……いや、私にそっくりなオリジナルの【リドール】と二人で出て来たとか」
「二人だと? ジェミニの地下大迷宮は冒険者の言うところのS級以上の魔物の巣窟だ。しかも、地下四十四階、そんな奥深くに? そして、出てきたと言うことはあのハイン・ホワイトワイバーンを倒したのか? 信じられないな……」
「信じられないかも知れませんが、事実を陳列しているだけです。ジェミニの地下大迷宮に地下四十四階へと飛ばされたのは、ご主人様が確認しています。そして、元気にしているのは……最近歌……『白金の英雄』と言う英雄譚が出回っていて、ジェフィーさんも聞いているのではありませんか?」
「最近出てきた奴だな……。そうだったのか」
「彼の出身であるクリムゾン王国を属国としたトーザラニア帝国は叩き潰されないといいですね」
「……怖いことを言うなぁ」
「今はアリータ聖王国に居るとか? アリータ聖王国からクリムゾン王国は遠く。距離的な問題で、ここ一年は大丈夫でしょうが……気を付けた方がいいのでしょうね」
「気を付けようがないように思えるが。ま、まぁ。トーザラニア帝国は最近調子に乗っているから。多少……痛い目に遭った方がいいか」
「ふふふ。そうですね」
「怖いなぁ。ま、まぁ、どうにか……せめて言葉が通じる奴がいいが。いや、【天眼】があるとすると、気配操作術を極めている。皇帝を暗殺する可能性も……。あのハゲタカめ、頭の痛い問題を……。いや、ヤツを失脚させるのにちょうどいいか? いや、それで国が傾くのは」
ジェフィーが難しい表情でブツブツと呟き始めた。ただすぐに顔を横に振る。
「今考えるのはやめよう。それで……お前は師匠の様子を見て居なくていいのか?」
シルビアは悲し気な表情で、洋館の方へと視線を向ける。
「この後行きますよ。今は……容体が安定しているので」
「安定……ずいぶん痩せていたな。その。本当に治らないのか?」
「ご主人様の病気ですか。ここ一年、各国で名医と呼ばれる医師に診せても、明確な病名も分からないと」
シルビアが言葉を切って、俯いた。
「ご主人様の言う通り寿命なんですかね。ご主人様は長寿をもたらすと言われる龍の血を取り込んでいますが……。ハーフエルフの平均的な寿命を軽く超えていますからね」
「寿命……そうか。これは師匠の責任という訳ではないが、師匠の抑えていた勢力が活発になって暗躍している」
「ええ。こちらにもライオネルさんから鳥が来ていますよ。……動こうとするのでご主人様には知らせていませんが」
「それがいい……ライ兄はたまに来るのか?」
「二年前に来た以来ですかね? 大体は鳥や部下で連絡をもらっています」
「そうか」
シルビアは視線を右にずらし、少し考える仕草を見せると。
「ところで、あの……ジェフィーさんはご主人様から聞いていますか?」
ジェフィーは眉を顰めて。
「何をだ?」
「終焉の日についてです」
「聞いていないが。何とも物騒な日だな。師匠に直接聞けばいいんじゃないか?」
「それが、はぐらかすんですよ」
「じゃあ。なんで知ったんだよ」
「ご主人様の容体が悪かった時に、うわ言のように呟いていたんです。『終焉の日までは……生きなくては』と『まだ役目がある』と」
「ハハ……」
シルビアはムッと機嫌を悪くした。
「なんで、笑うのですか」
「いや。百年以上も世界の安定のために生きて……まだ役目があると言うのか。俺には途方もなくて、ちょっとおかしくなってしまった」
「……まぁ。そうかも知れませんね」
「さて、師匠の顔も見れたし。そろそろ休暇も終わるし帰るかね」
「今からですか?」
「あぁ。こいつらの修練を見た後にな」
「そうですか。次に来るときはご主人様に結婚相手を見せに来てくださいね」
「ぐ。それは……難しいかもなぁ」
「ジェフィーさんの世代で結婚していない人は貴女とフィロッタさんだけですよ?」
ジェフィーは不快そうに鼻を鳴らした。
「俺は悪くねぇ。だらしない男と多すぎる仕事が悪いんだ」
「それもあるかも知れませんが。普段からそのように粗暴な態度を取っているのではありませんか? だとしたら、ジェフィーさんにも……もう少し女性らしくと、昔から言っていましたよね?」
「あーはいはい。すいませんねぇ。俺は女らしくなくて」
「まったく……」
反省する様子のないジェフィーにシルビアがため息を吐いたのだった。
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