第393話 長い沈黙の後に。
二日後。
ここはフォルダム大峡谷。
天候は曇り……そして、大量の飛竜が飛び交い、火の玉が降っていた。
小人達とボルトが群がってくる飛竜を狩る中で、ニールは即席のテーブルと椅子を出して、シルビアの入れた紅茶を飲んでいた。
「ふうぅ。フォルダム大峡谷は本当に飛竜が多いんだな」
ニールの背後で佇んでいたシルビアは頷いた。
「そうですね。フォルダム大峡谷は『死の谷』と言われるだけはありますね」
「そうなの?」
「本に書かれていました」
「確かに飛竜はそれほど強い魔物でないがこれだけ多いと……一般人が迷い込んだら死ぬわな」
「ご主人様、私の言った一般とは冒険者のことで一般人のことを言っている訳ではないのですが。飛竜には制空権がありますので、強い部類の魔物だと思いますよ」
「カルディアはあんなのちょっと大きい鳥とか、龍族と認めんとか言っていたが」
「そうですか。ふふ。カルディア様ならそう言いそうですね。実際、皆さん問題なさそうで」
「確かに……まぁあいつ等は一般人じゃないか」
ニールがボルト、小人達へと視線を向けた。
ボルトは一人で、飛竜を狩っていた。首を切り裂き、脳天を上から突き刺し……と豪快な戦い方で。
小人達は飛翔部隊を中心に何組かに分かれて飛竜を狩っていた。
飛翔部隊が飛竜の背中へと乗って、翼を切り裂き飛行不可にしたところで、地上部隊が止めを刺すといた流れで。
ニールはテーブルに出されたクッキーを手に取って。サクッと齧る。
「ずいぶん手際よく狩っていくな。シルバーの言っていた新魔導具とやらはまだ出てこないのか? ジン?」
歩いてくるジンへと視線を向けて問いかけた。
「あの魔導具は使い捨てだから、もったいないんだ」
「ふーん。そうか」
ジンはテーブルに飛び乗って。テーブルの上に広げられていた地図を見る。
「これから、フォルダム大峡谷を飛び越えて、メライト王国を抜けても最短であと四国抜けないといけない訳か。お前の目指しているクリムゾン王国は遠いな」
「そういえばクリムゾン王国はトーザラニア帝国と戦争していると聞いていた。結局どうなったのか……」
「ふむ。道中にでも正確な情報を得る必要はあるが。どう対応する?」
「んーん。リリアお嬢様が無事ならそれでいいんだが、一応故郷だからな。なくなるのは寂しいのかな?」
「なんで疑問形なんだ?」
「リリアお嬢様に出会う前の記憶が曖昧な部分があるんだよな。それはいいとして……どうするかな。どうしたらいいと思う?」
「そうだな。クリムゾン王国とトーザラニア帝国とでどのくらいの国力差があるのかわからない。とはいえトーザラニア帝国とやらは大国なんだろ?」
「うん。地図を見た限り……国土は軽く五倍はあるように見えた」
「砂漠地帯や山岳地帯などの不毛地帯は別として、国土の大きさはすなわち国力に直結する。国土が五倍となると、国力差も五倍……。そう仮定するとすでに属国となっている可能性もあるだろうな」
「属国……か。もしそうなっていたら、あまりいいことが行われているようには思えないな」
「だろうな。属国だもの」
ニールは腕を組んで、ため息を漏らした。顔を上げて、曇天を見上げる。
少しの間の後でジンも空を見上げて。
「最近、上の空が多いな。気にしているのか?」
「んーん?」
「前の戦争のこと」
「アレだけ殺したからねぇ。気にしてないと言えば嘘になる」
「この前の戦争、俺とお前の軍略で戦場を動かした。そして多くを殺したし。死なせてしまった」
「……そうだな。軍略を試してみたい。戦場を動かす……その好奇心、快感が強くでてしまった。戦争と言う物の本質を見失っていた。……戦争はただ人を殺し殺される場に過ぎなかった」
「座学あがりの軍師が躓くところだな。俺も昔……は恥ずかしいな。これはお前が酒を飲めるようになるまで取っておくとして……。周りにどんないわれがされようとも、お前自身がどう思っていようとも、これだけは忘れるな」
ジンが一度言葉を切ると、ニールの正面に立って。
「お前は間違いなく多くの人を救った」
ニールは苦笑して、肩を狭めた。
「救ったか……」
「一つの国を……ひいては国に住まう者全てを救ったんだ。あのまま、お前が動かなければ聖王国は間違いなく属国のような扱いになっていた。国が力を失うことは、そこで暮らす人々にとってどんな影響を与えるか。それこそ、金品を搾取されて奴隷のように扱われる。今日を生きるのでさえも困難な生活となっていた」
ジンは視線を下げた。肩を狭める。
「そもそも……今回の戦争でのこと、お前一人で抱えるな。初陣に近いお前を酷使しすぎた。それは戦争全体の指揮をしていた俺の責任は重たいんだ」
「お前は間違っていない。考えたのも俺だ。決めたのも俺だ。実行したのも俺だ。その責任から逃れるつもりはない。しかし……」
長い沈黙だった。
ニールは空を見上げたまま、ゆっくり息を吐く。
「………多くを救ったか。少しだけ心が軽くなった気がする」
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