第392話 遠回り。


 一時間後。


 ここはアリータ聖王国の上空。


「せーかいじゅうをぼくらのなみーだで埋め尽くして」


 ニールがご機嫌な様子で鼻歌を口ずさんで、青い翼を羽ばたかせて飛んでいた。


 ちなみにニールは顔以外の全身を覆う黒のマント、顔を覆うマスク、ゴーグルと一見ニールとわからない姿であった。


 優雅に空を飛んでいるように見えるが、馬車の数倍早く……風景が流れていく。


「いやはや、あったかマントを被っても少し寒いなぁ」


 ニールのマントのポケットが開いて、シルバーが顔を出した。


「早う飛びすぎちゃうか?」


「いや、これでもゆっくり飛んでいるんだが」


「そうか? まぁ戦闘中はもっと早う飛んどったか。今日はどこまで行く予定や?」


「今日? 特に決めてないが。旅中に食べる食料を確保するためにどこか森とかでもいいし」


「今日は鶏肉の辛辛焼きで一杯飲みたいな」


「鶏肉? 鶏肉……あ、アリータ聖王国とメライト王国との間に大きく広がる魔物の領域……飛竜が住むと呼ばれる大峡谷を通るルートにするか?」


「竜って鳥か?」


「ん? いや……違うけどおいしそうじゃん?」


「たしかに、そうやな。飛竜か……強いか?」


「どうだったかな? 成長具合によるが、BからAだと聞いている。いや、空飛ぶのに俺のマナを使い過ぎているから、やめておくか?」


「ワイらとボルトがやったるで大丈夫やぞ? それに俺等の新しい魔導具もあるし」


「新しい魔導具?」


「あぁ。魔導具開発部隊の連中、時計を作るのに力を入れ過ぎて時間はかかったが、先日何とか出来上がったんや。あとで試用がてら見せてやるで」


「ふーん。それは楽しみだ。ところで魔導具開発部隊の連中はそんな力入れて時計を作っているのか?」


「おう。目の下に隈作って、ちょっと怖いくらいやったで?」


「俺はそんな……他に影響がでるほど力入れて作れなんて、言ったつもりはないだが」


「まぁ、楽しそうにはしとるんでええんとちゃうか?」


「それならいいが……いや、いいのか?」


「ええんちゃう? ワイらが作っても馬鹿デカい時計が小さなるんはええことやし。……じゃあ準備しておくわ」


 シルバーがマントのポケットから出て、体を伝ってニールの鞄の中へと入っていった。


「狩はシルバーやボルトに任せるなら。マナの心配をしなくていいか」


 ニールは進行方向を変えて、翼を羽ばたかせて加速。湖の上を滑空するのだった。




 一時間後。


 ここはアリータ聖王国の上空。


 地上にはゴツゴツした岩が多く転がっている岩石地域が広がっていた。


「はぁ……はぁ……疲れたぁ」


 疲労の色が見えるニールは青い翼を維持することができなく。


 緩やかに地上の大岩へと着地した。


 大岩にはポタポタッと大量の汗が落ちる。


 ニールは大岩の上で、ゴロンと大の字で横になった。


「疲れたぁ。だめ……」


 肩に掛けていた鞄の上をポンポンと叩いた。鞄からは小人達、ボルト、シルビアが顔を出す。


 地図を持ったジンは周囲を見て。


「アレがオウマ山か? さすがに飛竜いる峡谷……『フォルダム大峡谷』まではたどり着けなかったか。しかし馬車では二日かかる距離を二時間ほどで飛んでしまうのはすごいな」


「はぁ……はぁ……見通しが甘かった。フォルダム大峡谷まではあと一日半はかかるかな? 節約したつもりだが【青鳥(ブルーバード)】はやはりマナの消費量が激しいな」


「そのようだな。しかし、前よりもお前のマナ容量増えてるか?」


「あぁ……前にカルディアから聞いた。あの戦争の後に二割増しになったとか?」


「そうか。それなら、完全体になれるんではないか?」


「いや、完全体はまだ無理だね。マナの消費量がバカ高い」


「薬で底上げしても?」


「試していないが。それでも……。やはり、呪術とやらの制限を解かない限り無理じゃないかな完全体になるには」


「そうか。なら普通に魔法とかも勉強してみるか?」


「んーん。魔法か……本は読んでいたが、まだ使えるだけのマナの余裕がなぁ」


「戦闘の幅が広がると思うが?」


「そうか。まぁクリムゾン王国に行ってみたら考えてもいいかな」


「さて、少し休憩した後はボルトに歩いてもらうか。そしたら、明日の夜くらいにはフォルダム大峡谷へとたどりつけるだろう」


「そうだな」


「ところでフォルダム大峡谷からだとメライト王国に向かうのか?」


「そうか。じゃあちょっと向かってみるかかな。確か、メライト王国とは今度同盟を結ぶんだったか」


 ニールが早く雲が流れる空を見上げた。


「ちょっと遠回りになるが、見物に行ってみるか」

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