第391話 十一歳になりました。

 ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、二年と三カ月となった。更に言うとニールは十一歳となっていた。


 冬が終わり、春が訪れていた。温かい風が流れていく。


 ここはアリータ聖王国の王都ミリガンディア。


 王都の真ん中にそびえる巨大な……イスライ教会。


 旅支度を整えたニール、そしてボルト、シルビアの三人が教会の廊下を歩いていた。


 ニールは頬を掻いて、隣を歩くボルトへと視線を向ける。


「本当についてくるのか? ボルト」


「前にも言っただろう?」


「いや、だってお前……最近、彼女できたんじゃないのか?」


 ニールの問いにボルトは赤面して、狼狽えた。


「な、なんでっ! 誰にも言ってないのに……」


「そうなの? 言わない方がよかったのか? メイド達が噂していたが?」


 後ろで控えていたシルビアも頷く。


「私も聞きました。えっと、お相手はデライア・ブリジーン。王都の外れにある花屋の三人娘の二女。最初の出会いは二カ月前、暴漢に襲われていたデライアさんを助けたことがきっかけかと思われます。その後、おそらく隠している様子ではありますが。彼女の休みにはデートする予定がされていて、前日にはそわそわして周りにバレバレだとか」


「う……ぅぅ」


 ボルトが、ここで初めて周りに知られていたことを知って耳まで赤くしていた。


「そんな大切な彼女を置いていくのか?」


「そ、そこら辺は彼女とちゃんと話したから」


「大丈夫? 寝取られないといいな」


 ボルトはニールの言葉に怒って、殺気を溢した。


 ニールの胸倉をつかんで持ち上げる。


「あん! 貴様、デライアはそんな尻軽な女じゃない!」


 ニールは両手を上げる。


 普通なら震え上がるような殺気だが、いつもの調子で。


「あーはいはい。ごめん。ごめん」


 ボルトは不服そうにしながらも、ニールの胸倉を離す。


「デライアはいい女だぞ。俺以外の男と……そんなことある訳ないだろう」


 ニールは襟を直して。


「ふーん。そうかい」


 何気ない雑談をしながら歩いていると、教会の正面扉にたどり着いた。


 教会の正面扉にはソフィアとソフィアの護衛、オズワルド、オズワルドの部下とが集まっていた。


 ニールは持っていた鞄をポンポンと叩いた。


 鞄からはジンをはじめとした小人達が顔を出す。


 ソフィアはニール達へと視線を向けて。


「行かれるのですね」


「そりゃ。春までと言う話でしたので」


「そうですか」


 ニールは小さく笑って。


「どうしても自分達で解決できない問題が出てきた時は頼ってくれてもいいですが。その時は十分に恥じてくださいね?」


「相変わらずですね。もう少し言葉をオブラートに包んでほしいのですが」


 ソフィアが一歩前に出てきた。ペコリと頭を下げる。


「レティア王国の港街ダルマークから三十日戦争、政権立て直し、飢餓を救い、ダラムの奇跡と……大変お世話になりました。いくらお礼を言っても言い切れないほどです」


「まぁ、本来通りの未来なら貴方達は海に捨てられて魚の餌になっていたでしょうね」


「ええ。心より感謝します」


 ソフィアが懐から小箱を取り出した。


 小箱をカパッと開けると、水色の宝石がつかられた指輪。


 ニールは眉を顰めて。


「それは……」


 ソフィアは笑みを深めて。


「この指輪は……私、アリータ聖王国教皇……いや、クレイス家当主であるソフィア・ダズ・クレイスは貴方ニール・アロームスを英雄と認めます。かつて、この地で途絶えてしまった『紡ぐ者』の一族より預かったとされる英雄に継承すべしと代々受け継いでいた【トレミの指輪】と言いう魔導具です」


 ソフィアの言葉に一番反応したのはボルトであった。


【トレミの指輪】を目にして見開いた。


 ソフィアはニールの左手を取ると、左の薬指に【トレミの指輪】を通した。


 ここで、すでにジェミニの地下大迷宮の地下三十階『鏡の部屋』で手に入れた黄色の指輪と【トレミの指輪】とがうっすら輝きだす。


 それにはソフィアも含めて……その場に集まった者達は一様に驚きの表情を浮かべた。


 指輪同士は引き合うように合わさりあって、黄色の宝石と水色の宝石との二つが並んでいる一つの指輪となっている。


 ニールはしみじみと指輪を眺めて。


「なんだ? これは……一緒になっちまった。大迷宮でジェミニってのから貰った指輪と同種の魔導具だったのか?」


 ソフィアはニールの左手を持ちつつ、ニールの顔を見つめる。


「二つ目って……他にもいくつかあるのですか?」


「さぁ? 俺もこれが何なのかわからん」


「それは……」


 ボルトが肩を狭めた。小さくため息を吐いて。


「それは正確に言うと魔導具じゃない。世界に十二あると言われる女神の指輪と言われている神具だ」


 ニールは眉を顰めて。


「神具?」


「あぁ」


「どんな効果があるんだ?」


「さぁ? 知らない。と言うか……これ以上は俺が言うべきではないな。もし次に紡ぐ者と出会ったら聞くんだな。それが奴らの役目だ」


「ふーん」


 ニールが興味なさげにしていると、目の前……近くにいたソフィアと目が合った。


 ソフィアは一瞬の間の後で顔を赤くした。ニールの手を離して、飛び退く。


「あっ……あぁ」


 ニールは内心調子狂うなと思いつつも、ぺこりと頭を下げる。


「指輪、ありがとうございます。大切にします。それでは……そろそろ行きますね」


 ニールの言葉にソフィアは寂し気な表情になって。


 一回俯き、顔を上げる。


 瞳を潤ませて、ニールを真っ直ぐに見つめる。


「体には気を付けてください……。また、いつでもいらっしゃってください。アリータ聖王国は貴方達を歓迎します」


「ありがとうございます。貴女の肩には重い責任がのしかかるでしょうが、ほどほどに頑張ってみてください」


 ニールがソフィアに近づいて、肩にポンと叩いた。


「まぁ、無理そうなら、泣き付いてきてください。時間があったら、手伝ってあげます」


 ソフィアは目元を拭う仕草をして。


「まったく。貴方は……。本当にありがとうございました」


 ニールは歩き出した。教会の正面扉に手を置く。


「それじゃまた」


「はい。また」


 ソフィアが目元を覆って、コクンコクンと二回頷いた。


 教会の正面扉を開けてニール達は教会から出て行く。


 ボルトとシルビア、小人達はニールの持っているランドの鞄へと入っていった。


 ニールは青い翼を背中に生やして……空へと飛び上がったのだった。



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