第390話 定例会議再び。

 十二日後。


 イスライ教会。


 教会内の長く広い通路をニールが歩いていた。


 後ろには女兵士……ドライゼル。ちなみにドライゼルの目の下にも隈ができていた。


 ニールはため息を吐いて。


「定例会議か、面倒だな」


「眠たいです」


「会議中は寝ないようにな」


「頑張ります」


「ところで、今回は何の議題を話し合うんだったか?」


「一度回ってきたでしょうに」


 ニールに文句言いつつもドライゼルが手にもっていた書類を捲った。書類に目を通しながら、口を開く。


「本日の定例会議の主だった議題は、亜人種の流入の規制緩和、食糧問題、メライト王国とミリア公国の同盟についてでしょうか」


「いちいち重たい議題ばかりだな。今日中に終わるのか?」


「……ニール様達が国を離れる前に片づけて、もしくは話を聞きたいのでしょう」


「はぁ。相変わらず外様に期待しすぎじゃないか。にしても、ついこの前、鎖国状態から解除しようってなったばかりだというのに……。今度は亜人種の流入の規制緩和か。宗教上難しいんじゃなかったけか?」


「ええ。ですが。そんなことを言っていられないほどに、特に地方では労働力がひっ迫していると」


「それで緩和させたいのか。……んーん」


 ニールが難しい表情で唸り声をあげた。


 そうしていると、定例会議の場となっている謁見の間にたどり着く。


 正面に背が天井に届きそうなほど長い金の椅子。


 その椅子の前に、楕円形のテーブルが置かれて、八つの銀の椅子が囲むように並べられていた。


 謁見の間にはソフィアを始め、オズワルド……オズワルドの部下達、ジンを始めとした小人族の首脳陣が座っている。


 ちなみにソフィアは顔を赤くして、ニールから視線を逸らした。


 ニールが謁見の間の状況を見た後で、銀の椅子に腰かけた。


「先にやってくれていても良かったのに。よっこいしょういちっと」


 テーブルの上に置かれた小さな椅子に座っていたジンは手に持った小さなコップに注がれた紅茶を一口飲んだ。次いで苦笑した。


「ハハ……面倒そうな議題だ。なるべく人が居た方がいいだろう」


「はぁ。ため息しか出ないな。さあ……オズワルド様。全員揃ったんでは?」


 オズワルドは「そうですね。定例会議を始めましょうか」と言って、資料を持って立ちあがた。


「では、一番目の議題は亜人種の流入の規制緩和についてです。タンリオ大司教が、商人派閥の司教を取り込み、その規制緩和を止められない状況で……。規制緩和するにしても、何かしら設ける必要があると……その話し合いがしたいです。私の方で考えた概案をたたき台にしたと今回用意しました」


 オズワルドの部下はその場に集まった者達に書類……オズワルドの概案を配っていった。


 一旦、その場に集まった者達がオズワルドの概案に目を通し始める。


 オズワルドの概案にはいろいろ書いてあったが、大まかに分けると二つの要素があった。


 一つ目は特別な入国審査委員会を設けて、亜人種の入国許可証を発行する。二つ目は入国した亜人種は出国するまでの間、定期的な報告を義務する。


 ジンはオズワルドの概案を読み終えたところで顔を上げた。


「悪くないと思うが、亜人種の入国許可証を発行する際に一々面接するのか?」


「ええ。それであまりに危険な思想を持った方を除外できたらと思います」


「本当にそういった思想を持ったヤツは一般人の面接程度ではわからないと思うが……。しないよりはマシか」


 オズワルドは肩を狭めて。


「そこは面接官の目を育てるしかないですね」


「気になる点はそこかな? どう思う?」


 ジンがニールへと視線を向けた。


 ニールはオズワルドの概案をテーブルに置くや、口を開く。


「オズワルドの概案については問題ないですかね。ただ、いきなり多く入れたら現場が混乱するだろうから人数の制限はあった方がいいかと。それより、足元を見た方がいいですね」


 オズワルドは目を細めて。


「足元?」


「これ、亜人種を入国させたいのは労働力の確保でしょう?」


「度重なる戦争で働き手が減っていますから」


「つまり、これは安く使える奴隷を増やすためですよね?」


「……確かに労働力として入ってきてもらいたいと考えていますが。借金も罪もなく奴隷にすることはできない決まりです」


「オズワルド様がそうでなくても、規制緩和を進めようとしている奴らはそう考えているでしょう。奴隷にする方法? 抜け道なんていくらでも……罪をでっち上げたり、金を貸し付けたりと……」


「……」


 ニールは腕を組んで、体を椅子の背に預けた。鼻から息を吐いて。


「更に亜人種が奴隷になった場合、どう扱われるか……。迫害されないか不安ですね。今までこの国に亜人種が滞在したことなんてほとんどいないんでしょう? すぐに手を取って共にお仕事できるのでしょうか? 自分達にはない獣耳、角、肌色、目の色、考え方……そして宗教観。それらの違いは簡単に差別の……迫害の対象になるでしょう?」


「か……仮に奴隷落ちしたと言っても、神官に奴隷の管理……その監視を強化しました。それは以前に定例会議でニール様とも議論して、奴隷が迫害するような管理はさせないよう仕組みに変えたじゃないですか」


「確かに、変えました。日付が変わるくらいにした議論をしたので覚えています。しかし……亜人種が入ってくるとなると、今の仕組みのままでは弱いかもしれません。奴隷の管理を監視するのは神官で人間だし、相手が同じ人間ならまだしも。先に言った通り、人間とは違う亜人種のことを差別しませんか?」


「それは……人によるかと」


「そうですかね? でしたら質問。オズワルド様は人間と亜人種どちらか一方しか助けられないとしたら……どちらを助けますか?」


 オズワルドはニールの問いに答えることができずに黙った。


 対してニールは沈黙を肯定と受け取って。


「まぁ今の質問は区別に近いかも知れませんが。俺はそういう小さな積み重ねが、差別……ひいては迫害になるのだと思います」


「いろいろ見直す必要がありそうですね。しかし、今から奴隷制度も見直すとなると……時が。とりあえず、ニール様の言った通り最初は人数制限するべきでしょうな」


 ニールは頷く。そこで閃いたように顔を上げる。


「それか。最初からすべてやろうとするのではなく。人間と亜人種の交流を支援する場……特区を設けて運営を試験するのがいいかも知れないですね」


「それはいい考えですね。参考にさせてもらいます」


 オズワルドが手元にあった手帳にメモを取っていった。


 ニールは亜人種の流入の規制緩和に関する書類を手に取って読み始めた。


 目を細めて、何やら考えているようであった。


 ジンは首を傾げた。


「まだ何か気になることがあるのか?」


「いや、この亜人種の流入の規制緩和に関する書類……綺麗ごとしか書いてないなぁと思って。この書類は誰が作ったもの?」


「そりゃ、この規制緩和を進めているタンリオ大司教だろう?」


「そうか……大司教ってそれぞれ、管轄地を与えられているんだったよな?」


「あぁ。俺の記憶だとタンリオ大司教はムザーン地域一帯だったかな」


「ムザーン地域……中都市トアイードの街があるな。俺も地理が書類仕事で詳しくなったもんだ。地図をくれる?」


 オズワルドの部下が地図を持って、テーブルに広げた。


 ニールは立ち上がって地図を見た。


 トアイードの街を指さして、地図の上をなぞっていく。


「トアイードの街は国境付近の……ここだったか。亜人種の国……獣人の国ムラン獣王国に一番近いな。もし規制緩和したとしたら、獣人が入ってくるのはここか。人の流れができて、お金も落ちてくる利益があるのか……。いや。んーん」


 オズワルドは首を傾げて。


「何かありましたか?」


「んーん。いや……まだ仮説……いや妄想に近い。亜人種の流入の規制緩和の試験運用として特区をもうけるにもまだ一年から二年ほど時間が掛かるかな? その間、タンリオ大司教の管理している地域の監視を増やしてくれますか?」


「ええ。わかり……ました。何か気になることでも?」


「いや、なんとなく。頼みましたよ」


「はい。わかりました。他に意見や要望はないですかな?」


 その問いに謁見の間に座る者達から発言はなく。ソフィアもコクンと頷く。


 オズワルドは頷き、手帳にメモを取った。次いで、資料を持ち直して次の議題へと移って話を進めるのであった。


 ちなみに、次の議題へと移ってもニールは亜人種の流入の規制緩和に関する書類を眺めていた。


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