第389話 幸せになれる形。
「ソフィア様を孕ませてはくれませんでしょうか?」
ニールは飲んでいた紅茶を噴出した。
「ぶばっ!」
紅茶のかかったオズワルドはハンカチを取り出して、顔を拭き始める。
「汚いですよ」
「ゴホッゴホ……そっちこそ」
「そうでしょうか?」
「はぁはぁ。そうでしょ。今は俺が可愛い子供であることは一旦脇に置いておくとしても。なんで、ソフィア様の婚姻問題の相談で、俺がソフィア様を孕ませることになるんです? 冗談にしてはひどいですよ?」
オズワルドは肩を狭めて。
「冗談で、こんなこと言いませんよ」
「だとしたら馬鹿なことを。それは結婚しろと言っているようなものでしょう。だから、俺は……」
「わかっています。だから、孕ませることだけを頼んでいるんです。もちろん、ニール様が子供であることもわかっていて、すぐにとは言わない。その子供は神から授かった子として、こちらで育てるので。そして、ソフィア様には未婚のまま、教皇の座に居てもらう」
「なんだそれ……そんな無茶が通るのですか?」
「無茶は通すためにあるのです」
「何を言ってんですか? と言うか、ソフィア様の婚姻はあきらめたのですか。先ほど、ソフィア様と話した時に候補がいると聞きましたが? えっと……タンバリン大司教の長男アヒージョ、三男パーンーズ、アヘン大司教の次男シャークでしたっけ?」
「タンリオ大司教の長男アルジョン、三男パーシーズ、アベン大司教の次男ジャーズです」
「あぁ。そうでした。それで、その三人では何か問題が?」
「あまり、言いたくありませんが。よくない噂が耳に入ってきますんで」
「よくない噂とは?」
「……あくまで噂ですが。長男アルジョンは幼児趣味で、子供の奴隷を孕ませたという噂が。三男パーシーズは残虐性が高く、奴隷を何人か殺したという噂が。次男ジャーズは同姓愛者で……気に入った男を軟禁していたとか言う噂が」
「うわ。酷いね。しかし、その噂って本当なんです?」
「いや、あくまで噂なので……しかし、まったくないところから噂は出てこないでしょう」
「そうですかね? 俺とソフィア様との恋愛の語り歌とか……くだらない噂にも出所があるように」
ニールがジト目で……オズワルドを見据えた。
オズワルドは視線を斜め下へと逸らした。次いで、咳払いする。
「オホン。まぁ、そういうこともありますよね。しかし、ここまで悪い噂はなかなか出てこないモノですよ。なんせ、親が大司祭だと」
「確かに、そうですが……それで、どうして俺とソフィア様とが関係を持つことにつながるのですか?」
「ニール様は国の英雄で、人気が高く。ニール様の名を出さないにしても、民も周りも他勢力も暗黙の了解として理解してくれるでしょう」
「英雄って……それならボルトでもいいでしょう。アイツだって、英雄に変わりない。それに年齢だって近い」
オズワルドは怪訝な表情を浮かべた。少しの沈黙の後で。
「……気付いてないんですか?」
ニールは訳が分からないと言った感じで首を傾げた。
「? 気付かないとは?」
「……はぁ」
「どうしました? すごい大きなため息」
ニールの様子を見て、オズワルドは肩を竦めた。
次いで、口元を押さえつつ「これはソフィア様も大変だ。いや、ソフィア様ご自身は無自覚のようだし……。では、ソフィア様をけしかけた方がいいのか? 鈍感が二人揃うと厄介だな」と小さく呟く。
「声が小さくて聞き取れないんですが?」
「いや、なんでもないです。それで、ソフィア様と関係を持つことを検討していただけると」
ニールは渋い表情を浮かべて、肩を顰めた。
「ソフィア様は魅力的な女性だと思うのですが……」
ソフィアはニールの言葉通りに魅力的な女性である。
前教皇より追われていた時はコケて、汚れていた。
ただ、今は十分に食事と療養が取れて、灰色の髪は絹のように綺麗に整えられて、スレンダーな体つきの女性になっていた。
巷では『青の聖女』と言われるだけはある美女となっていた。
「しかし、そういう目で見たことないんですよね。友人に近い。その関係をあまり崩したくないですけど?」
「……破壊の後に創造があると思います。どうか、ご検討を、よろしければ場はこちらで用意しますので」
「あのねぇ……そもそもソフィア様には話しているのですか? さっき、食事した時はそんな感じなかったですが」
「いえ。それはこれからですよ」
「普通、そっちからでは? ソフィア様の方が嫌だと。そもそも、さすがにソフィア様は普通に結婚したいんではありませんか?」
オズワルドはソファに体を預けて。
「どうでしょうね。私は前々教皇様よりソフィア様を任せられて、どうにか幸せになってもらいたい」
視線を扉の方へ向ける。それはいつもよりも優しいモノであった。
「ただ、今のソフィア様のいる立場はソフィア様にとっての幸せなのか。婚姻と言っても、好いている人を選べるわけでもなく。候補に上がるのは先ほどの屑と老人ばかりで」
「政略結婚……まぁ、仕方なくもあるかと。候補に関しては、少しわがままに振る舞ってしまえば、幸せを見つけることもできそうですが」
「それができれば楽かも知れません。ただソフィア様は責任感の強い人です。責務として婚姻を受け入れようとしている節が見えるのです。まぁ……自らお選びになって立場故と言ってしまえば、それまでですが」
ニールはソファから立ち上がった。
「……それまでですね。まぁ、どうにかできるのは、もうオズワルド様しかいないでしょう」
オズワルドは肩を竦めて苦笑する。
「簡単に言ってくれます」
「まぁ。俺はあくまで外様勢力で話位しか聞けんのですよ。頑張ってください」
「そうですね……。さまざま検討して、ソフィア様の幸せになれる形にしたいと思います。ただ、ニール様もソフィア様を孕ませることを検討してください」
「はっ! まだ言いますか」
「ええ。言わせてもらいます。では、私はこれで失礼します」
オズワルドがソファから立ち上がった。次いで、護衛とメイドを連れて足早にニールの執務室を後にした。
オズワルドを見送ると、ニールは苦笑してデスクの椅子に座った。
「いきなり来て、突拍子もないのないことを言ってくれる。俺に子供を作れってか……」
ニールが資料に手を取った。横顔は一瞬苦し気に歪んで。
「殺した多くの人間がそれを許してくれるかね」
小さくため息を吐いて、書類仕事を始めるのだった。
ちなみにこの日から数日に渡って、ソフィアはニールの前に出ると、赤面して逃げ出すという奇行を行っていた。
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