第388話 内密なお願い。


 翌日。


 イスライ教会。


 ニールの執務室にて。


 ニールとドライゼルはソフィアとの昼食を終えて、戻ってきていた。


 ニールが椅子に腰かけた。


「眠い」


 ふぁーと欠伸した。欠伸で目じりに浮かんだ涙を軽く拭う。


 ドライゼルは資料をいくつか選び、抱えた。


「では、私はこれから軍部の定例会議ですので」


「お疲れ」


「ニール様も来てくれていいんですよ?」


「俺は……」


 ニールの言葉の途中で扉がノックされた。


 ニールは首を傾げて応答すると、オズワルドが護衛一人、メイド一人を連れて入ってきた。


「失礼します」


 執務室に入ってきたオズワルドは難しい表情を浮かべていた。


 ニールはオズワルドの表情、そして護衛一人、メイド一人であることを見て……渋い表情を浮かべた。


 ソフィアが教皇となって以降、オズワルドは大司教と宰相を兼任していて、国内で二位の力を持っていた。それに伴って政敵も多くなっている。


 そんな、彼が護衛一人で移動することはなくなっていた。


「うわぁ。これなら、軍部の定例会議の方がマシだったか」


「申し訳ないです。ニール様に少々ご相談が」


「それって……まぁいいです。どこか別のところに移りますか?」


「そうですね。いや、ニール様なら部屋に誰か近づいたらわかるでしょうから、ここでいいですよ」


「まぁーここでもいいですが。茶は出てきませんよ?」


「それなら、こちらに居ますので……」


 オズワルドが連れて来たメイドに目配せした。メイドは持ってきていた籠からポットなどを取り出し、ローテーブルの上に紅茶の準備を始める。


 ニールは立ち上がるとドライゼルへと視線を向けて「行っていいぞ」と一言。


 すると、ドライゼルは一礼すると、書類を持って、足早に執務室を後にした。


 オズワルドはドライゼルを見送った後で。


「やはりニール様にも専属メイドを付けるべきでしょう」


「んーん。茶の準備とか面倒は面倒なんですが。大体自分でできますからねぇ。それに書類置き場となっている三つ目のデスクが開かないと」


「デスクって、仕事でもさせるつもりですか?」


「茶の準備より俺の仕事が減って、休暇ができる方がうれしいんでね。と言うか、冬が終わった後、俺やジンが居なくなって……やっていけるのですか? もっと早く、段階的に俺達の仕事を他に回すべきでは?」


「それは分かって、神官を集めているのですが。なかなか使えないモノで……」


「使えないって、酷い言いようですね」


「ニール様も書類仕事をしていたらわかるでしょうに」


「………そうですか。春が来るまでには何とか頑張ってください」


「頑張ります」


 ニールはオズワルドの護衛の横を通り抜けて、ソファに向かう。


「では、座って……その相談とやらを聞きましょうか。どうぞ」


 オズワルドはニールに促されて、ソファに座った。


 対して、ニールもオズワルドとローテーブルを挟んで対面のソファに座る。


 ニールはメイドに出された紅茶の注がれたティーカップを手に取って。


「それで、なんです? わざわざ護衛を減らしてまで……秘密裏に相談しに来て」


 オズワルドは前のめりになって、手を握った。


 少しの沈黙の後で。


「ソフィア様の婚姻についてです」


 ニールは紅茶を一口飲んで、苦笑した。


「それ。俺に相談することですか? 俺はいろいろな文化、歴史を浅く広く知っているだけで。オズワルド様に助言できることなどないと思いますが」


「いや、まぁ聞いてください」


「先に言っておくが、俺は嫌ですよ? そんな面倒そうな立場」


「ハハ、分かっていますよ。本当はそれが一番いいんですが」


「分かっているならいいんですが。では、聞きましょうか」


「単刀直入に言います。ニール様にお願いです」


 オズワルドが前置きすると。


 真剣なまなざしをニールへと向けて、続ける。




「ソフィア様を孕ませてはくれませんでしょうか?」




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