第387話 女たらしの最低男。
翌日。
イスライ教会。
ニールの執務室にて。
ニールと女兵士……ドライゼルとがデスクについて、書類仕事をしていた。
コーンコーンッと部屋の外から、鐘の音が聞こえてくる。
ニールは顔を上げて、万年筆をペン立てに置いた。インクで汚れた手を布で拭う。
「さて、飯か」
ニールの言葉を聞いて、疲れたような表情をしたドライゼルが顔を上げた。
「……そうですね」
二人が椅子から立ち上がろうとしたところで、部屋の扉がノックされた。
ニールはグゥーッと体を伸ばしながら、返事する。
「はいよぉー」
扉がカチャッと開いて、ソフィアが数名の護衛と共に姿を現す。
ドライゼルはソフィアを見た瞬間、顔を引き締めて……ピシッと立ち直す。
ニールは首を傾げた。
「ソフィア様、どうしました?」
「お食事をご一緒できませんか?」
「ふーん。面倒なことですか?」
「まぁ。それを聞きに来たという感じですかね」
「……行きたくないですね。ドライゼルが行きたそうにしているので、代わりに連れて行ってくれていいですよ」
「ドライゼルも来てくれていいですが、ニールは絶対に来てほしいです」
ニールはため息を吐いて、歩き出した。一度立ち止まって、ドライゼルへと視線を向ける。
「気配を消して、何をしているんだ。行くぞ」
「はい……」
ニールはソフィア、ソフィアのメイド、ドライゼルと共に執務室を後にしたのだった。
三十分後。
別室に移動したニール達は食事をしていた。
長机に対面する形で、ニールとソフィア、ニールの右隣りにドライゼルと言った配置で座っている。
ニールはフォークとナイフで煮込まれて柔らかくなった鳥肉を切り分け食べた。
「うん。上手い。今日はミモザの料理だな」
「ミモザの料理はおいしいですよね。私、この料理大好物になったんですよ」
「それはよかったですね。しばらくしたら、連れて行ってしまうので、十分に楽しんでください」
「う。小人達をすべて連れて行かれるのは本当にいろいろ困るのですが」
「それはできない相談ですね。小人達を外に出した者として、最後まで面倒を見る義務があるのですから」
「そうですか……」
「それで? 本題は何ですか?」
「あぁ。これは密使で来たもので、まだほとんど知らない情報なのですが」
そう前置きしたソフィア、長机に手紙を置いた。
手紙を見るやニールは眉を顰める。
「その刻印って……もしかしてミリア公国?」
「そう。これはミリア公国から来たものです。この中身は同盟の話、そして……ニール、貴方と公女との婚姻を依頼する内容でした」
ニール、そしてドライゼルが「ぶふぅー!!!」と噴出した。
ソフィアはニールへと冷たい視線を向ける。
「ニールはずいぶんとおモテになられるようで」
ニールは頭を抱えて。
「やれやれ、公王様も悪ふざけが過ぎますね」
「公女が強く望んでいると、手紙に書かれていましたが? どうやってたぶらかしたんですか?」
「……ちょっと遊んだだけなんですが?」
「それだけで、公王様がここまで動くのかしらね?」
「さぁ。それは分からないところですねぇ」
「ふーん。ご令嬢は趣味が悪いですよね。あ…‥アレですか? ちょっと悪い男が他とか違うように見えて、格好よく見えちゃうっていうヤツですかね? 公女様はもっとまともな男を見つけるべきだと」
「酷い言いようですね。目の前にいる人間に対して」
「本当のことでしょう」
ニールとソフィアとはニコリと笑って見せた。
二人の間には冷たく重たい空気が走る。
ちなみに、ドライゼルはこの場に来たことを後悔しながら、味を感じなくなった鶏肉を食べていた。
「ハハハ。酷い言われようです。まぁ自覚しているので、いいですけど」
「フフフ。自覚があるなら、うまく隠せたらよろしいのに」
「隠す気はないですよ。俺はこのまま生きていくんで。そうそう……結婚の話は本人にまだやることがあるので難しいとかなんとか伝えてくれていいですよ」
「うわ。なんですか? その女たらしの最低男……物語に出てきそうですよ?」
「女たらしの最低男ですか? これまた新たにひどい悪口ですね」
「フフ。それでは婚期を逃がしてしまいますよ?」
「ハハ。俺はまだ十歳。来春に十一歳ですからね。まだまだ時間がありますよ。それより……ソフィア様の婚期の方が大変なのでは? 十九……二十になりますよね? 王位にある人間にしては遅いと思っていますが?」
「うっ」
「ま、婚期を逃さないように頑張るのはどちらでしょうねぇ」
「ぐぐ。私だって……オズワルドが」
「オズワルド様が?」
「そう。オズワルドの考える条件に合う相手が国内外に少なすぎるってのもあります」
「ちなみに候補はいかほど、おありで?」
「……国内では三人。タンリオ大司教の長男アルジョン、三男パーシーズ、アベン大司教の次男ジャーズでしょうか?」
「え? それだけ? こういうのって、もっと準備しておくモノじゃないんですか?」
「私が教皇に立ったのはついこの前。皆……そんな都合よくいません。生んですぐの赤ちゃんが候補にはなりえませんので。しかも、大司教の息子となるとほとんどが、幼少期に婚約者がいます。結婚も済ませている場合も。先の三人だって、婚約者をどうにかして無理矢理と言う話で……」
「婚約者をどうにかして……ってヤバいですね。面白いです」
「面白い話をしたつもりは一切ないのですが」
「じゃあ。国外は?」
「国外は……オズワルドとしてはようやく国内が安定してきたばかりで、今外戦力を取り込むのは国内を再び不安定にさせるのではと考えているようで」
「あぁ。確かに、そうかも知れませんね。それにしても、国内では候補が少なすぎる。何か理由が? ソフィア様が他の大司教から嫌われているからですか?」
「この件に関しては私が大司教達から嫌われているということと関係ありません。本来なら教皇の座は前教皇の……」
ソフィアがフォークとナイフの動きを止めて、言葉を濁した。
ソフィアの言葉を察したニールは渋い表情を浮かべる。
「あぁ」
これは戦後……停戦協定交渉前の話である。
ロージアン共和国からソフィア宛てに……。
一つの箱が届けられた。
その箱は五十立方センチほど。
箱の中にはアリータ聖王国とロージアン共和国との戦争の戦端である前教皇の息子の首が。
ソフィアは空気を換えるべく、明るめな口調で。
「まぁ。その所為で、彼に押し付けようとしていた女性達が余っている。故にボルトやニールへの話を多いんでしょう?」
「あぁ。それで、いい迷惑ですね。読まずに、ほとんど捨てているけど」
「読まず……最低ですね」
「じゃあ。もっと俺の仕事が減らせるように、そちらの仕事をもっと頑張ってほしいですね。それなら、顔合わせのするくらいのサービスはしたかも知れない」
「それはちょっと」
「何がちょっとなんですか? もっとパキパキと仕事してくれたいいんですよ? いや、俺の仕事代わりにやってくれたら」
「まぁまぁ。それはいいとして……デザートまだでしょうか?」
「すごい話の逸らし方ですね」
「まぁまぁまぁ。あら。今日はアップルパイみたいですよ?」
ソフィアがメイドの運んできたアップルパイを目にして、顔を綻ばせていた。対してニールは苦笑して、ため息を吐く。
食事会場の場は和やかに食事が進んでいったのだった。
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