第338話 戦況が動いたのは。
グルノー砦籠城戦二日目。
この日は南壁が風下となっていた。多くの矢が届き、味方兵士の死傷者が八十を超える。
グルノー砦籠城戦三日目から九日目。
籠城戦は士気が一番重要となる。
ただ、それに関しては問題なかった。
誰よりも先陣を切って戦うソフィアに変装したニールの姿に、味方兵士達で士気を下げる者など皆無であった。
更に三日目を過ぎると兵士達も籠城戦に慣れてきていた。
死傷者はほとんど出ることなく、グルノー砦の優位は揺るぐことなく戦況は進んでいく。ちなみにソフィアのことは『聖火の淑女』、『青の聖女』、『断罪の神子』などと呼ばれるようになっていた。
グルノー砦籠城戦十日目昼前。
戦況が動いたのはこの日であった。
ここはグルノー砦の周囲に布陣していた軍の後方にある天幕。
「今日はようやく大人しくなってきたか?」
茶色の髪の青年……ジェロームが天幕から出てきた。目の前の戦況を眺めて顔を顰める。
「いや、おかしいよな?」
グルノー砦籠城戦は昨日までと異なり、弓矢による攻撃はほとんどなく。青い炎で、周囲をけん制するにとどまっていた。
ちなみに青い炎には耐熱性マントを着込んで対策しているため、怖がるほどのモノではなくなっている。
初日、脅威であった青い炎でも、けん制が限度で、軍を遠ざけるまではできない。
魔法使いではないジェロームは魔法に詳しくないが、使用限度があることは察していた。故に青い炎のみでのけん制が不可解であった。
ジェロームの後に白髪の老人……トバイルが現れる。
「……おかしいですな。それに昨日までの敵兵士達の士気が感じ取れない」
「そうだな。昨日まで高い士気を保ち籠城していたとは思えない。内部で何かあったのか?」
ジェロームの疑問に答えられる者は、この場に誰一人いなかった。
ここで馬に跨った金色の鎧を纏った兵士がものすごい勢いで近づいて来ていた。
「伝令! 伝令! 第五聖騎士団団長ジェローム将軍はいずこか!」
ジェロームは眉を顰めて、一歩前に進み出る。
「第五聖騎士団団長ジェロームは私だ」
金色の鎧を纏った兵士はジェロームにまで近づくと、馬から飛び降りる勢いで降りると、跪く。
「第七聖騎士団団長バートビー様より伝令。アリータ聖王国の王都ミリガンディアに逆賊ソフィアが率いる軍が侵攻。一刻も早く戦闘を解いて、増援に来られたしとのこと!」
ジェロームも隣で伝令聞いていたトバイルも目を見開き、固まった。伝令の意味が理解できなかった。
ジェロームは唇を噛み、思考を巡らせる。
……どういうことだ。
どういうことだ!?
逆賊ソフィアが率いる軍が王都ミリガンディアに攻めこんでいるだと?
逆賊ソフィアはこのグルノー砦で指揮を執っていたんだろう。
実際にソフィアを目撃している報告は受けている。
……影武者か?
どちらが? いや、今はソフィアの所在がどうっていい。
今から王都へと戻る?
戻ったところで間に合うのか? 攻城兵器を置いておくにしても片道八日はかかるぞ?
仮に戻るとして……グルノー砦に居る者達はそれを許すか?
背後から狙われるのは悪夢でしかないんだが。
瓦解もあり得るぞ。
……そうか。
塔に居る連中は我等をここに縛り付けるためのモノか。
消息不明の将校達が残っていれば、軍を半分に分けて。一つをここに残して、一つを王都へ向けることができたかも知れないが……。
将校らの消息不明はどうやったから分からないが、やはり奴らの計略。
この戦場を支配している軍略は進軍途中からすでに布石が打たれていたという訳か。
寒気がする。
今日、一見消極的に見える青い炎による攻撃にもなんかしらの意味があるのか?
ジェロームが思考を巡らせていると……面前で驚くべきことが起こる。
面前を煌びやかな鎧を纏った女性……ソフィアが一人現れたのだ。
更に驚くべきことはソフィアに対してジェロームの精鋭部隊が一切動けていないことだろう。
ジェロームが手を前に突き出して、命令を口にしようとした。
ソフィアはニコリと笑って見せた。
次の瞬間、フッと姿を消す。
目の前を風が過ぎ去って……。
首筋に冷たいモノが当たる感覚に、視線をゆっくり下げる。
「君、なかなかいい采配だったけど。今朝、早馬で王都が落ちたと伝令が来ました。この籠城戦は終わりで良いですよね?」
ソフィアがジェロームの目の前で、首筋に剣を突き立てていた。
ジェロームはゴクリと喉を鳴らす。
「ま、参りました」
軍の総大将であった第五聖騎士団団長ジェロームは降伏勧告を受けいれた。
こうして、十日間にわたるグルノー砦籠城戦は若干呆気なく幕を閉じたのであった。
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