第337話 銅鑼を鳴らす。
ドライゼルは馬車から顔を出す。外に居た伝令兵へと声を掛ける。
「どうした?」
伝令兵は馬に跨ったままドライゼルの問いに答える。
「はっ! 西壁にて攻城塔が付いたと」
「もうか? 想定よりも早いな」
「西壁は風下のため矢が届かずに……敵の接近を許してしまったと」
ドライゼルは振り返って、ニールへと視線を向ける。
「どうされますか?」
ニールは喉に触れると、声色をソフィアのモノに戻して答える。
「そうですね」
「どうしますか?」
「私が行きましょう……馬車を西壁へと向かわせてください」
「はっ!」
ニールの命令にドライゼルは頷いた。馬車は進路を変えて西壁へ向けて走り始める。
二十分後。
ここは西壁。
石の階段を登って、ソフィアに変装したニールとドライゼルが姿を表す。
西壁の上では元々いた兵士と攻城塔から渡ってきた兵士が戦っていた。
「ドライゼル……銅鑼を鳴らしなさい」
ニールの命令を受けて、ドライゼルが銅鑼を鳴らす。ドーンドーンドーンドーンと銅鑼の音が西壁の上で響いた。
両軍の兵士達が皆、銅鑼の音が鳴る方……ソフィアに変装したニールの方へと視線が向く。
「ソフィア様だ」
「ソフィア様……」
「ソフィア様が来てくれたっ!」
兵士達の反応は両極端で、味方兵士からは歓声が、敵兵士から困惑の声が漏れ聞こえてきた。
ニールは声を張り上げる。
「敵の兵士達に告ぐ! 今から攻城塔を私の聖なる炎で焼き払う! 事前に離れていることを勧める!」
ニールの言葉はドライゼルの連れていた部下達が触れ回って……多くに知らせていった。もちろん、敵兵士は動揺が走る。それでも指揮官の檄で再び戦闘が開始される。
ニールは剣を天高く突き立てる。
青い炎が発生して、上空で炎の塊となって……それは生き物の蛇のごとく動き、空を泳ぐ。
兵士達は皆頭上を行く炎の龍を見上げ……再び戦いをやめる。
敵兵士の考えは一致する。『あの炎の蛇で攻城塔を焼き払うんだ』と。
喉をゴクリと鳴らして、一歩後ずさる。
ニールは歩きだした。進む先には自然と分かれて道ができる。
これは敵兵士の一人、ソフィアを前にして、大汗をかいていた。
彼には寝たきりの母親と妻と娘がいた。
つまり、喉から手が出るほどに金を欲していた。
賊軍の大将であるソフィアが目の前にいる。ソフィアの首を取れば両手で持てないほどの褒賞金が……。
寝たきりの母親にはソフィア様に剣を向けるなどと諫められた。
その言葉を振り払い、一歩踏み出す。
「はぁあぁぁぁ!」
掛け声と共に、持っていた剣をソフィアに変装したニールへと振るった。
それがソフィア本人であったら、断ち切られていたかも知れない。
しかし、相手はソフィアに変装したニールである……一兵士の剣など目配せ一つなく剣を躱した。次いで兵士の剣を持っていた剣で弾き飛ばしてしまう。
ニールは周り敵兵士の攻撃を意にかえすことなく、攻城塔に近付き、手を前に突き出す。
すると、青い炎の蛇は攻城塔へと絡みついた。
攻城塔の木材には水を吸わせていたのだろう、ジューっと水蒸気が上がる。
普通の炎であれば攻城塔が燃えるところまでいかなかったかも知れないが、ニールの扱う青い炎はマナの供給を止めない限り燃え続ける。
攻城塔は黒い煙を上げて燃えて、中に居た兵士達は慌てて、外へと出て行った。
「人はいないですね」
ニールが攻城塔から人の気配が無くなったことを確認すると、手を握る仕草を見せる。
青い炎は大きく燃え上がって……攻城塔を一気に消し炭とした。
ニールは西壁の縁に立って、敵の様子を窺う。
感心したように顎先に手を置く。
「風向きを察知するや、西壁に兵力を集中しているのか。あのお坊ちゃんもやるな」
西壁にて布陣していた敵兵士達は青い炎の高火力に怯んでいた。しかし、指揮官の将軍から檄が飛んで矢を放ち始める。
手を前に突き出して、青い炎を薄く広げ……放たれた矢を焼き払う。
ここでニールは振り返った。
攻城塔が燃え、取り残される形になった西壁の上にいた敵兵士達へと視線を向ける。
「私、ソフィアが貴方達の身柄を保証します。投降しませんか?」
ニールの言葉に西壁の上にいた敵兵士達は少し間の後で武器を捨てて、両手を上げた。
グルノー砦籠城戦一日目はこのままグルノー砦の優位が揺るぐことなく戦況は進んでいった。
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