第336話 籠城戦。
八日後。
ここはグルノー砦。
グルノー砦の周囲には一万五千兵が布陣していた。
南壁の城門前、馬に跨った兵士の一人が進み出て、声を張り上げる。
「逆賊諸君、降伏したまえ。ここで降伏するならば……命だけは助けてやる!」
少しの間の後で、南壁の縁に銀色の鎧を纏ったソフィアが現れた。
その堂々とした立ち振る舞いに布陣していた兵士達はざわつく。
「ふふ。ご冗談を」
ソフィアがニコリと笑って見せた。すぐに真剣な表情になって……周囲に張り詰めるような気配を放った。
「逆賊はどちらか!」
ソフィアの声に、兵士達は黙ってゴクリと喉を鳴らす。
「「「……」」」
ソフィアは金色の剣を抜いて、掲げる。
「私は今の国の状態……多くの民が貧困に苦しみ、周辺国が攻め込もうとしている状態を変えたく……」
腕についていたブレスレットが輝いた。青い炎が剣の周囲に纏わり付き……上空に青い炎が放たれる。
「すべてを変えるため、命がけの覚悟で、ここに立っている! 私を討ちたいのならそちらも覚悟を持ってかかってきなさい!」
金色の剣を地面にガツンッと突き刺した。
本来なら、ソフィアが降伏を拒否した時点で攻城を開始する手はずになっていた。
しかし、兵士達……その指揮の将軍でさえも圧倒されて動けなくなってしまっていた。
少しの間の後で、動揺する兵士達に将軍が檄を飛ばす形で攻城が始まる。
ソフィアは剣を鞘に納めると踵を返す。
今度は南壁の上に集まった……総勢百名ほどの兵士達へと視線を向ける。
「仕方ありません。戦いましょう」
ソフィアはニコリと笑って見せる。
「勇敢なる戦士達よ。本来、仲間同士での戦い。思うところはあるでしょう。それでも私に押し通さなければならない儀があり……」
兵士達の前に一歩踏みだした。胸に手を当てて。
「力を貸してください!」
「「「「はっ!」」」」
ソフィアの檄に士気を高くした兵士達が揃って声を上げた。次いでてきぱきと動き出す。
連弩を準備して……大量の矢が放たれる。
本来、連弩は弓に比べて、威力は低い。
それでもグルノー砦の四方を囲む壁は高く高低差によって十分な威力となる。
実際に砦周囲に居る兵士達は壁に近付くことすらできなかった。
ソフィアは少し下がったところ……南壁にある塔で戦う様子を見た後、西、北、東の壁を回って、檄を飛ばしていった。
三時間後。
グルノー砦の東壁の塔にて。
一台の馬車にソフィアと女兵士……ドライゼルが乗り込む。
ソフィアは馬車備え付けの椅子に座る。
「疲れたぁ」
馬車が走りだしたところで、ドライゼルが話始める。
「お疲れ様です。ソフィア様……いや、ニール様」
「ゴホン。あぁー異性の声を出すのって難しいなぁ」
咳払いを一つすると、声色がニールのモノとなった。次いで胡坐をかいて座り直す。
「しかし、ソフィア様に変装すると聞いた時は何を考えているんだと思いましたが……ここまで似ることができるのですね」
「んー外見はうまく作れたと思うが。声もだが、咄嗟の仕草に本物とは違和感があるかもなー」
「そうなんですか……」
「まぁ騙せているならいいか。外からの情報は何か入ってきているか?」
「今はステップトンの街だとか。ステップトンまで着いたら王都ミリガンディアは四、五日ですね」
「順調……ちょっと遅いか」
「斥候を警戒して進みが遅いのでしょう」
「そうか。まぁアレだけの軍を見つからずにってのは難しいか」
ニールが顎に手を当てた。少し、黙って考えを巡らせていると。
何か感じ取ったのか視線を上げる。
少しの沈黙の後で、ドライゼルは躊躇しながら口を開く。
「あの……よろしいでしょうか?」
「? なんだ?」
「はい。今回の戦いにおいてなぜ籠城戦を選んだのでしょう? いや、ニール様は敵地にて主だった将を狩っていたと聞いています。グルノー砦を落とした時のように敵の総大将を捕らえることもできたのでは?」
「あーあ。やろうと思えば敵の総大将を打つことはできたよ。敵の総大将を撃たず、主だった将を捕らえたのは……集まった一万五千の軍を崩壊させないため」
「崩壊させないため?」
「うん。ちょっと考えてみ? 一万五千の軍が崩壊したら野盗落ちするヤツが増えて……酷い状況になるんじゃない? 先々を考えたら、もっと面倒なことになる」
「な、なるほど」
「俺だって、スパって終わらせたかったよねぇ。そっちの方が目の前で死ぬ人間は減るし。……あ、そうそう、変装して乗り込んだ時にさぁ」
ニールとドライゼルが雑談していると、不意に馬車が止まった。
馬車の外から小さく「伝令! 伝令!」と聞こえてくる。
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