第334話 茶髪の少年。


 伝令曰く。


 第十三隊ジェレッド隊長が消息不明。


 第一隊の魔法使いヴァレイフ、アンディーが消息不明。


 南に配置していた偵察部隊の多くが消息不明。


 第七隊ダグラン隊長が消息不明。


 第二隊の魔法使いレディアが消息不明。


 第五隊ハンフレッド副隊長が消息不明。



 報告を受けて、伝令を下がらせた後……。


 ジェロームは取り乱すことを押さえられなかった。


「どういうことだ! 合わせたら、二十人弱だぞ。……それだけの人間が消えたと言うことか!? 誰の目にも触れずに?! バカな! どうやってだ!? しかも実力のある将校が数名に、魔法使いまで……」



 視点が変わって。


 野営の端で、草木に隠れた場所。


 焚火で、鹿が焼かれていた。


「せーかいじゅうぅのぼーくらのぉ」


 軽装な茶髪の少年は鼻歌を歌いつつ、鹿の焼き加減を見ていた。


 草がガサガサと揺れて、鎧を着た兵士が現れる。


「なんだ? なんだ? こんなところで……それ、お前が捕まえたのか?」


 茶髪の少年は首を傾げる。


「はい。そこの森に居ました」


「ふーん。やるなぁ」


「食べますか?」


「お? 良いのか? こういうのは捕まえた者のモンだろ?」


「まぁ食べきれませんから」


 茶髪の少年はナイフを取り出して、焼けた鹿を切り分けていく。


 食べる段階になったところで、焚火の周りには匂いに引かれた者達が集まっていた。


 戦争の話、女性関係の話、馬鹿話に興じながら茶髪の少年は楽し気に木の枝に突き刺した鹿肉をかぶり付く。


 隣に座っていた最初にやってきた兵士に視線を向ける。


「オッサンは……」


「オッサンじゃない。コラッドだ」


「それで鎧着ているし……専業の兵隊さんじゃないんです? どうしてこんなところに?」


 ちなみにアリータ聖王国の軍は大きく分けて鎧を着た専業の兵士と、一般の十五歳から四十歳までの男子から徴兵された兵士の二つがある。割合的に言えば専業の兵士が二割、一般の兵士が八割となっていた。


「俺は平民出身で下っ端だよ。ここに来たのは雑用だ。なんでも偉いさんが消息不明なんだと……それの捜索だよ」


「へーその噂本当だったです?」


「もう出回っているのか?」


「うん。さっき話している人が居ました」


 周りで話していた者達も会話を止めて、茶髪の少年の話を肯定するようにウンウンと頷いた。


 兵士……コラットは渋い表情で呟く。


「そうか……」


「それで? 実際のところどうなんです?」


 茶髪の少年の問いに、周りも気になっていたのか……コラットに視線が集まる。


「俺の隊の隊長の話なんだが、着替えの為に天幕に入っていったところで……居なくなっていたんだとか」


「護衛とか居ないの……です?」


「居ない。隊長は凄腕の槍の使い手なんだ。本人が邪魔だからいらないと言っていた」


「そんなに強いなら、簡単にやられたりしないか。天幕には戦闘の跡とかなかったんです?」


「……天幕内は荒らされた様子は一切なかった」


「じゃあ。文字通り消えたんだ。他も同じですか?」


「全部は知らんが、大体同じじゃないか?」


「怖いなぁ。やっぱり……ソフィア様に矛を向けるから、この軍は呪われたんですかね? そういえば、砦から来た奴らの話ではソフィア様が手を前に突き出すと……兵士達がバタバタと倒れていったとか。消えない青い炎を操って城門を焼き払ってしまったとか。ソフィア様にはそういう特別な呪いの力があるのかも」


 コラットは小さく笑って見せる。


「はっ呪いなんて……」


 対照的に周りで集まった者達は茶髪の少年の言葉を聞いて、「呪い……」っと呟く。


 恐怖したように顔を引き攣らせていた。


 和気あいあいとした楽し気だった、場の雰囲気は一転静かになっていた。焚火の薪がパチンの爆ぜたところで皆一様にビクンと体を震わせる。


 鹿肉を食べ終わると、すぐに解散した。


 ソフィア様に矛を向けたから呪われ……人が消えるようになった。


 そんな噂話は瞬く間に軍内に広がっていく。


 ちなみに……翌日、コラットは鹿肉の礼を茶髪の少年に持っていくも、会うことはできなかった。



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