第333話 話が変わって。

 話が変わって。


 ここはアリータ聖王国の王都ミリガンディアからグルノー砦まで続く街道……その中間地点にある平野。


 平野では一万五千を超える軍勢が野営していた。


 焚火を囲んで、兵士達が食事をとっている。


「ハハ。ソフィア様がグルノー砦で立つなんてなぁ」


「母ちゃんに言われちまったよ。ソフィア様を逆賊とするなんって馬鹿なのかって」


「俺も言われたよ。軍属の俺等が上の決定を逆らえないってのにな」


「ほんと、どうしたもんかねぇ」


「いくつか街を通ったが……食料も少ないし。高い。笑う病気を患っている奴も増えているし」


 兵士達は皆揃って、ため息を吐いたのだった。




 視点が変わって野営の中心、一際大きな天幕。


 その天幕では椅子に茶色の髪の青年が座っている。青年の後ろでは白髪の老人。


 青年はワインの注がれたグラスを片手に、ニヤリとほくそ笑む。


「ふふ。ようやく……俺にも手柄に成りそうな指令が回って来た。一万を超える軍勢だぞ」


 老人はヤレヤレと言った様子で咳払い。


「おほん。坊ちゃま」


「……坊ちゃまはやめてくれよ。トバイル」


「失礼しました。ジェローム様。しかし油断なされますまい。グルノー砦は堅牢の砦として有名ですぞ」


「それは知っているさ。昔、グルノー砦に派遣されたことがあるからな。城壁と塔とが高くて堅牢で梯子は繋げないと無理だ。水の溜まった堀が砦周りを囲んでいて兵を配置し辛い。普通に攻略しようしたら難しいだろうよ。ただ今回は砦内に……」


 老人……トバイルは視線を下げて口を開く。


「間者ですか。攻城と同時に内部の間者が決起して……砦を落とす。しかし、それに気付いて、手を入れないでしょうか? 情報ではグルノー砦を十日で落としたと言われる強軍が居るとのことですが」


「それも怪しいところだがな。ソフィア様……逆賊ソフィアに付き、グルノー砦を十日で落とせるほどの強軍がいるなんて聞いたことない。仮に強軍があったとして、率いるのはニール・アロームスと言う十七歳前後の子供だとか。どんな虚を突かれたからと言ってグルノー砦が子供の率いる軍に落とされるなんてあり得んだろうよ」


「確かに……確かにでございますな」


「それにだ。百から五千と……軍勢の数だってまちまちだ」


「では、なおのこと……敵側が情報操作していると考えるべきではないでしょうか?」


「この軍内にも間者が居るか。それは俺も考えている。あの塔から逃れてきて加わった軍勢は分けて配置するから問題ない」


「ええ、分かっておりますとも。ジェローム様が手を打っていることも……ただ何とも胸騒ぎがするんです。巧妙な罠に嵌められているような」


「……ふむ。老兵の勘は侮れんか」


 ジェロームはこめかみに指を置いた。


 鋭い目付きとなって続ける。


「では、どうする?」


「そうでございますね。グルノー砦に対して、本軍で当たらずに攻城……時間は掛かりますが」


「うーん。俺としては評価を高めるために早く終わらせたいとところだが……。しかし本軍を後方とするのは消極的過ぎやしないか?」


「ですが」


 ジェロームは何かに気付いたのか、目を見開いた。


 パチンと指を鳴らす。


「そうだ。ソフィアは……逆賊とはいえ教皇を目指しているのだろう?」


「そのように聞いています」


「では、我々……敵とはえい。国民であることは変わりない。つまり、数を多く減らすことはできないんじゃないか?」


「……うむ。我々が傭兵を使えなのと同じですな。確かにソフィア様の思考を読み取るところまでは至っておりませんでした」


「そう。俺が逆賊を指揮するのなら、籠城で相手戦力が弱ったとみたところで……城門を開けて攻め出るだろう。なぜなら、奴らの目的は我等を撃破し……仲間を集めて王都へ向かうことだから。では、軍を二つに分けて」


 トバイルは思考を巡らせるように口元に手を置いた。


 笑みを深める、すぐに表情を戻すと……ペコリと頭を下げて、進言する。


「面白いですな。軍師、将校を集めて軍議としましょうぞ」


「あぁ。もしお前が警戒するほどの知恵者が居るとしたら……面白い知略戦になりそうだな」


 その時、天幕に兵が入ってくる。


「伝令ッ! 伝令!」


 入り口付近で、跪いた。


 ジェロームは兵に短く問いかける。


「なんだ」


「はっ! 第十隊コンラリー隊長が消息不明とのこと」


「消息不明? どういうことだ?」


「天幕に姿なく。隊の兵士が探していると」


「……それは近くの街の花街に行っていたと言うオチじゃないだろうな」


「それが荷物のすべて天幕内に残っていたと」


「……」


 ジェロームがどう対処すべきか思考し始めた。ただ、その思考を続けることはできない。


 ……再び天幕に兵達が現れる。


「「「伝令。伝令」」」


「……ッ!」

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